第51回 お庭の中の「ニュートラルポジション」

この対談について

庭師でもない。外構屋でもない。京都の老舗での修業を経て、現在は「家に着せる衣服の仕立屋さん(ガーメントデザイナー)」として活動する中島さん。そんな中島さんに「造園とガーメントの違い」「劣化する庭と成長する庭」「庭づくりにおすすめの石材・花・木」「そもそもなぜ庭が必要なのか」といった幅広い話をお聞きしていきます。

第51回 お庭の中の「ニュートラルポジション」

安田

中島さんの作るお庭の話を聞いていると、思い出す言葉があるんです。


中島

ほう、何でしょうか?

安田

「ニュートラルポジション」ってご存知ですか? いろんな場面で使われる言葉ですけど、要するに「正しい位置」みたいなことで。例えば家の中でも、一つ一つの物に定位置があって、物を使った後に必ず定位置に戻すことで、快適な生活が保たれる。


中島

ああ、なるほど。私たち庭職人もこまごまとした道具を使うので、ピンと来る話です。道具のニュートラルポジションはかなり意識してますね。

安田

そうですよね。ちなみに私が以前通っていたスポーツジムは、ものすごく細かくニュートラルポジションが決められているところでした。「ベンチプレスの重りは棚の3段目にすぐ戻す」とか。「どうせまたすぐ使うのになぁ」と思いながら戻してましたけど(笑)。


中島

気持ちはわかります(笑)。とはいえ一つ戻さないものができてしまうと、どんどん乱雑さが広がってしまうんですよね。

安田
ええ、本当に。「ニュートラルポジションを通じて規律を守る」という意識が大事なんだろうなと。

中島
それにニュートラルポジションがキープされていると、美しく見えますしね。
安田
そうそう。私もそういうことに気づいてから、家でもニュートラルポジションを意識するようになったんですが、維持するのがすごく大変で。元々片付けが苦手なので、どうしようもなくなってから一気にやろうとするんですよね(笑)。

中島

ああ、片付けってまとめればまとめるほど大変ですからね。

安田

仰るとおりで。でもそれが今は、ニュートラルポジションを作るのがすごく上手な奥さんがあらかじめ考えてくれるので、だいぶ楽になりました。


中島
なるほど。素晴らしい奥様だ。
安田

ええ、そうなんです(笑)。お皿とか洋服とか、同じような種類でまとめてこの入れ物にこういう形で入れる、というところまで設計されているので、私はそれに従えばいいわけです。いつの間にか嫌いだった片付けが苦じゃなくなってましたね。


中島

片付け嫌いの旦那さんをそこまで変えたとなると、もはやプロの領域ですよね(笑)。

安田

そう思います(笑)。だいぶ話が逸れてしまいましたけど、今日お話ししたかったのは、お庭のニュートラルポジションについて。お庭そのものにも、木や石それぞれにニュートラルポジションがあるんじゃないかと思ったわけです。


中島
ああ、そういうことですか。確かに木の植え方や石を置く場所などは、全体の配置から見た定位置のようなものがありますね。
安田

そうですよね。季節の移り変わりや成長によって変化していく中でも、「ここがベストだな」というポジションを最初に作られているわけですよね。


中島

そう言われるとそうですね。最初にデザインを作る段階で、いろんな変化を視野に入れながら、ベストなポジションを割り出しているので。

安田

ああ、やっぱり。それはお客さんには伝わってるものなんですか? そういうニュートラルポジションってあらかじめわかっていた方が、より快適に過ごせる気はしますけど。

中島

うーん、なかなか伝わりづらい部分かもしれませんね。感覚的な部分も大きくて、一つ一つを言語化するのは難しいですし。

安田

確かに日本庭園における松のように、整え方に「型」があればわかりやすいんでしょうけど。中島さんの作るような雑木のお庭だと、それこそ中島さん自身にしか「一番いい状態」がわからないのかもしれませんね。

中島

個人の感性にもよるので、細かい部分まではなかなか伝わりきらないですね。「侘び寂び」のような部分なので。

安田

ああ、まさにそういう感じです。そういえば千利休が修業中、師匠から庭の掃除を命じられて、葉っぱ一つないくらいきっちり掃いたと。でもその後にあえて木をゆすって枯葉を落とした、という話がありますよね。

中島

まさに日本人の美意識を感じられるお話ですよね。僕も師匠から「もみじの葉っぱが道に落ちていても、ただ落ちているだけなら掃除するな」と言われました。端に寄っていたら汚く見えてしまうから掃除をしなさいと。

安田

道に落ち葉が落ちているところまでが景色だと。風情がありますねぇ。

中島

そうですね。ちなみにもみじは雑木の中でも見た目もきれいなんですけど、ベストな状態を保つのに知識や経験が必要なんですよね。

安田

えっ、もみじって雑木なんですか! あんなにきれいなのに……そうか、松の木のようにきれいに整えるというよりは、自然な樹形を楽しむものですもんね。

中島

そうなんです。だからこそ剪定しようと思うと逆に難しくて、僕が見た中できれいに剪定できていた人は1人か2人くらいじゃないかな。

安田

ふーむ、放っておいたらきれいな形になっていくイメージでしたけど、実は「切ったことがわからないように」手入れされていたわけですか。

中島

それで言うと、川沿いや大きな庭園に植えてあるもみじは最終スケールまで育っているので、放っておいてもきれいなんです。でもお庭だとそこまで大きくできないので、人の手でその形を再現する必要がある。それが難しいですよね。

安田

ああ、なるほど。お庭のサイズに合わせて、最終スケールのミニチュア版を作るわけですね。ちなみに「もみじを植えてください」というオーダーは多いんですか?

中島

ご要望いただくことは多いです。だからその場合は必ずプロの剪定が必要だということをお伝えしています。あとは樹種も一般的なイロハモミジではなく、伸び方のおとなしいコハウチワカエデをおすすめしたり。

安田

ははぁ、なるほど。紅葉も楽しめるし、落ち葉さえも景色になるけど、植える時には注意が必要ということですね。いやぁ、お庭は奥が深いなあ。

 


対談している二人

中島 秀章(なかしま ひであき)
direct nagomi 株式会社 代表取締役

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高校卒業後、庭師を目指し庭の歴史の深い京都(株)植芳造園に入社(1996年)。3年後茨城支店へ転勤。2002・2003年、「茨城社長TVチャンピオン」にガーデニング王2連覇のアシスタントとして出場。2003年会社下請けとして独立。2011年に岐阜に戻り2022年direct nagomi(株)設立。現在に至る。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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