その48  おっさんがアレを言う理由

おっさんという人種は
余計なことを言いがちです。

その最たるもの、
そこにいる誰も喜ばないクオリティの冗談、
いわゆる「オヤジギャグ」は、
記憶では90年代くらいに一般名詞化したように思いますが、
それから2、30年が経ち、
自分と同年代の人たちが
しっかりそれを現代に受け継いでいる場面を
目にすることもございます。

オヤジギャグを言う者は述べます。

つい口にしてしまうんだ。
おっさんはそれを我慢することができないんだ、と。

わたくしも漠然とではありますが
そうなのだろうと思っていました。

もう少しいえば、
オヤジギャグ常連の面々は
総じて明るい性格の人々であり、
今の若い人でいうところの「陽キャ」だった人たちです。
若いころ「陽キャ」としてスポットライトを浴びた
成功体験こそが
いまオヤジギャグを口走らせてしまう
宿痾ではないか、と。

しかし、
その仮定にはじょじょに疑問を感じるようになりました。
なぜなら、
若いころに得た成功体験と同じように、
現在、オヤジギャグを言えども言えども
なんら獲得できるものがないという
失敗体験を積み上げているはずだからです。

そして、もうひとつの側面は
最初に申し上げたように
おっさんは余計なことを言う存在だということです。

近年、社会の反ハラスメント教育はすさまじく、
余計なことを言わない教育を完了した中年男性が続々発生しているところですが、
もともとはデリカシーレスの言動こそが
おっさんの生物的本性であります。

それらが他者に対する鈍感さとすれば、
自分に対する鈍感さの表出のひとつが
オヤジギャグではないのでしょうか。

いいかえれば、メンタル的なゆるさ。

おっさんとは、ある意味で「ゆるキャラ」なのです。

「メンタル的な肛門がゆるキャラ」なのです。
(最低です)

 

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著者自己紹介

「ぐぐっても名前が出てこない人」、略してGGです。フツーのサラリーマン。キャリアもフツー。

リーマン20年のキャリアを3ヶ月分に集約し、フツーだけど濃度はまあまあすごいエッセンスをご提供するカリキュラム、「グッドゴーイング」を制作中です。

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