これからの採用が学べる小説『HR』:連載第11回(SCENE: 018)【第2話】

HR  第2話『ギンガムチェックの神様』執筆:ROU KODAMA

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。これまでの投稿はコチラをご覧ください。

 


 SCENE:018


 

 

茂木が本気だとわかったのだろう。社長は渋々といった様子で立ち上がると、厨房の中で仕込みに入っている茂木の方をじっと眺めた。それから、微かに聞こえる店内音楽よりもさらに小さな溜息を漏らすと、ゆっくりと店の奥へと進んでいく。俺たちの視界から一瞬消えた社長が、カウンターの向こう、四角く切り取られた厨房の中に再び現れる。

それでも社長は、茂木の横に立ち尽くしていた。作業をするでもなく、何か話すわけでもなく、ただ黙って茂木を見ている。使い込まれた様子の厨房の中では、社長の着た真新しいギンガムチェックのシャツが妙に浮いて見える。

やがて茂木は手を止め、どこからか取り出したエプロンを社長に差し出した。社長は微かに戸惑った様子で、しかしそれを受け取ると、シャツの上に身につけた。そして手首のボタンを外すと、腕まくりをして、手を洗い始める。

俺は保科と並んで座り、その様子を観察していた。社長は手を洗い終えると、おそらくは足元にあるのだろう冷蔵庫の中から、いくつかの食材を取り出した。レタス、トマト、そして、見慣れないスパイスが入った瓶。

そのとき俺は、不思議なものを見た。食材を用意している社長の表情が、ふっと変化したように見えたのだ。周囲全部を敵だと見ていたような強張った顔が、少年を思わせるような、どこかやんちゃな、得意げな顔に変わった。

「保科さん」

「……なに」

声をかけたのは俺なのに、何を言うつもりだったのか自分でもわからない。俺はまるで言葉を失ったように、自分よりずっと小柄な、キャップにロン毛というふざけた格好の「先輩」を見つめた。俺の視線を横目で捉えた保科は、小さく溜息をつくと、「あんたさ……」と言った。

「なんでこの業界入ったの」

「え……」

「たくさんある企業の中で、なんでウチを選んだの」

なんだそれ、なぜ今そんなことを聞くのか。しかし、どこかで聞いた気がした。視線を落とし、記憶を探る。最近もどこかでそんな質問をされたような……そうだ、あれはーー

ーーお前の志望動機、なんだっけーー

ハッとして保科の顔を見ると、その視線は既に俺でなく、厨房の中に注がれていた。俺もそれを追う。カウンター席の向こうの厨房で、茂木と社長が並んで手を動かしている。

「あの二人は、なんでこの業界だったんだろうな。どうして、この店だったんだろうな」

「……」

「ここにいる理由を聞かれて、どうしてここで働いているのかって聞かれて、すぐに答えられる人って、どれくらいいるのかな」

その時、茂木がチラリと社長の方を見、そして、照れたような笑いを一瞬浮かべたのを、俺は見逃さなかった。

何だ……

何なんだ……この感覚。

……たかが採用じゃないか。どうして、どいつもこいつもこんな……

俺にとって採用とは、求人広告を売るための免罪符のようなものに過ぎなかった。企業から金を引っ張るための、便利な言い訳。

確かに口では毎日言っていた。「御社には人材が必要ですよ」「人材がいなければ事業も売上も成長しませんよ」。だがそこで言う「人材」とは、果たして何のことだったのか。俺はそこに、「人間」の体温を一度でも想定したことがあっただろうか。

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