経営者のための映画講座 第64作『ノーカントリー』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『ノーカントリー』で知る、仕事馬鹿の怖さ。

コーエン兄弟の傑作スリラー映画。傑作と言い切るには理由がある。何度見ても、どうしてここまでするのか、理由がわからない。いや、無理にわかろうとすれば理由は映画の中にいくつも落ちている。けれど、それを拾い集めてつなげてみても、実際に映画を見ているときに感覚は、なぜ?どうして?いや、そこまでしなくても、という呟きの連続である。そこがこの作品を純粋なスリラー映画にしている気がする。

ハビエル・バルデムという役者は上手いだけではなく、ある意味、異形の持ち主である。そんなハビエル・バルデムが表情ひとつ変えず、多少の骨折や流血などものともせず、殺し屋として頼まれた仕事は最後まで完遂すべくいつも同じ足取りで、同じ歩幅で追ってくる。もうそれだけで怖い。しかも、追われる側はおそらく殺し屋なんだろうな、とは思いつつもなぜ相手がここまでするのか理由がわからない。わからないから怖い。怖いから逃げる。逃げても追ってくる。恐怖は倍増する。しかも、追ってくる相手が異形の者で、しかもべらぼうに強い。

こんなの悪夢でもないよ、という悪夢がスクリーンに繰り広げられる。そう、この映画は悪夢なのだ。コーエン兄弟が時々ぶちこんでくる作風で、私はこれをコーエン兄弟の悪夢映画と分類している。『ファーゴ』もそうだが、ちょっとした手違いや失敗が命に関わるような事態に展開してしまう、というパターンである。

しかも、殺しのシーンが怖いとか、グロテスクだとかそういうのではなく、全体の緊迫感が悪夢なのだ。意味もなく誰かに追いかけられ、「これはきっと夢だ、さめてくれ!さめてくれ!」と思い、「わあ!」と叫んだ途端にさめる、あれだ。あれを映画の中に再現できる監督は意外にすくない。悪夢のような内容の映画はあっても、見終わった瞬間に悪夢を見ていたくらいにぐったりとする映画はめったにない。

そして、いつも思うのだけれど、コーエン兄弟の映画で暴走している登場人物みたいなのを雇ってしまったら、どうなるんだろう。いったん、「やれ!」と命令してしまったら、「やめろ」と言うまで決して辞めないやつばかりが登場するのだから恐ろしい。逆に、自分では手を汚さずに悪魔の所業を実行しようとすれば、この映画のハビエル・バルデムのような男を雇えばいいことになるのか。いや、しかし、この男なら、プログラミングを間違えると相手をぶっ壊したあと、Uターンしてこっちまで壊しにくるぞ。その時に「止まれ!もういい」と叫んでもきっと止まらない。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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