第64回「病みはじめた社長たち」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第64回「病みはじめた社長たち」

安田

社員に不利な転勤命令とか、職種替えとか。すごく厳しいんですよね。

久野

そうですね。基本的には。

安田

でも最近はそれが緩くなって来たって聞きました。雇用守ることが最優先で、転勤や配置換えぐらいはやむを得ないだろうって。

久野

緩くなったわけじゃないと思います。

安田

コンビニでもあったじゃないですか。現場に社員を行かすとか。そういう異動が現実的に横行してる。

久野

労働契約書の絶対的明示事項というところに、職務の内容とか勤務場所って書かなきゃいけないんです。

安田

書いてあればいいってことですか?

久野

たとえば大手の総合職だと、転籍とか出向とか、それこそ配置換えとか、内容として包括されてます。

安田

じゃあ問題ない。

久野

ちゃんと明文化されてるのであれば、違法ではないですね。

安田

書いてないケースだとダメ?

久野

中小企業だと契約書が適当で「勤務地:本社」みたいに書いてある。そういう場合は異動もさせられないし、転勤させることもできない。

安田

でもこういうご時世なので、雇用守るためだったら「やむを得ない」って流れになりませんか。

久野

最終的には解雇の回避義務が会社にはありまして。業績が悪いとか、どうしてもそこに異動せざるを得ないみたいな時には、合理性があれば許容される。

安田

それは昔から?

久野

はい。ただそういうケースが最近増えていることは確かです。

安田

やはり雇用が優先ってことですか。

久野

あくまでも日本の労働契約って、人が不利益をこうむることより、雇用が維持されることにすごく重きを置いてるので。

安田

大企業の社員はやめたくないので受け入れちゃうでしょうね。気がついたら介護の現場職員になってたとか。コンビニの現場に配属されてたとか。

久野

あり得るでしょうね。

安田

中小企業でも不人気な部署ってあるじゃないですか。人が採れなくて困ってるような現場とか。

久野

ありますね。

安田

そういう異動も増えますか?中小の場合は異動したら辞めちゃいそうですけど。

久野

問題は異動によって待遇がどうなるか。大企業って異動しても待遇は補償してる場合が多いですから。

安田

待遇がそのままだったらOKってことですか。

久野

OKにされるケースが多い。たとえば調整手当みたいのを払って、待遇は全く変わりませんと。仕事が変わっただけですと。

安田

なるほど。

久野

中小企業でよく問題になるのは、配置変換して給与もドスンと7万円ぐらい削ってしまうケース。

安田

それはさすがに駄目ってことですね。

久野

異動理由の正当性を証明して、かつ異動して負担がないように教育問題、給与問題、住まいの問題を、全部やりきれば認められるケースは多い。

安田

結構大変ですね。でも人気職種で募集しといて、後から不人気職種に配置換えしちゃう会社も出てきそう。

久野

そういうのは実態で判断されます。たとえばデザイナーとして50人入社して「その内48人が飛び込み営業マンになってる」みたいなのはダメ。

安田

そういう場合はどうなるんですか?

久野

まず今だったらネットで炎上して終わります。

安田

でも企画営業といいながら、入ってみたら朝から晩まで電話とか。よくありますよ。

久野

コンサルタントなのにひたすらテレアポとか(笑)

安田

そういうところはネットで炎上して、人が採れなくなって終わりってことですか。

久野

一昔前はそれで騙して採用できた。でも今はネットがあるから厳しいです。Twitterで「コンサルティング会社なのに今日もテレアポさせられました」とか。

安田

確かに。そういう投稿ってすぐ炎上しますからね。

久野

まあ基本的には大手の事案です。転勤とか配置換えとかは。

安田

中小企業の社員さんは、理不尽な転籍とか配置換えとかをあまり考えなくていいってことですか。

久野

中小企業って仕事の種類が少ないから。そもそも異動させる部署がない。

安田

やりたくないのに管理職にされるとかは?

久野

そうなった瞬間に辞めますよ。大企業の場合は「どうしてもそこにいたい」っていうのが前提なので。

安田

まあそうですよね。辞めたくないのとセットだから成り立ってる。

久野

そうです。辞めるという選択肢がある場合は成立しない。

安田

大企業の場合は普通じゃもらえない給料がもらえますから。コンビニの現場に行ってもオーナーよりたくさんもらえるし。

久野

それでも異動が嫌な人は「この配置転換は不当だ」って頑張る。中小企業だとそんな労力をかけてまで頑張らない。

安田

もともとの給料が安いからですか?中小企業の場合は。

久野

大企業の場合は「プライドが傷付けられた」という要素も大きいです。

安田

プライドが傷付けられた?

久野

自分はしっかり仕事してるのに「こんな理不尽なことをさせれらた」みたいな。

安田

プライド高そう。大企業の社員さんって。

久野

はい。中小で同じことしても「こんなクソ会社辞めてやる」ってなるだけ。

安田

中小企業はそんな余裕ないですもん。まず辞められないようにしないと。

久野

人気があって、なおかつ稼げる仕事をつくり出さないと、中小企業はダメでしょうね。

安田

大変な時代ですね。中小企業の経営者にとっては。

久野

昔と同じように考えてたら、あっという間に行き詰まります。

安田

私が提唱している雇わない経営も、3年前は「面白いね、ははは」ぐらいだったのが、「真剣に相談に乗ってほしい」という依頼がすごく増えてる。

久野

それは現場で感じます。

安田

経営者に人を雇う旨味がなくなってきたから。「文句言われてまで雇ってられるか」みたいな人が増えてます。

久野

じつは経営者でメンタル不全起こしてる人もすごく増えてまして。

安田

それは何が原因で?

久野

従業員からのパワハラとか。

安田

社長が?社員からパワハラ?

久野

最近多いんですよ。社長がすごく病み始めてます。

安田

なんと!

久野

社員に気を使い過ぎてメンタル的にやられるケース。

安田

確かに今は経営者の方が気を使いますよね。

久野

権利ファーストみたいになってます。ちょっと強くいうと「パワハラだ」って言われたり、みんなで集まって辞めちゃったり。

安田

雇わない経営を目指す社長がどんどん増えてていきそう。

久野

増えるでしょうね。

安田

どのくらい増えると思いますか?

久野

全体の5パーセントぐらい。

安田

そんなに少ないですか?

久野

分かっててもやれない。そういう人の方が圧倒的に多い。



久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

感想・著者への質問はこちらから