第189回 安売り飲食の限界

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第189回「安売り飲食の限界」


安田

最近、ニュースで残業すると会社の評価が下がる記事をみました。

久野

えっ?

安田

はい。そこの店長が告発したらしいです。現場が回ってないのに「残業するな」という指示が出ていて。残業を記録すると、どんどん評価が下がっていくそうです。

久野

ネットのニュースなので実際の現場がどうなのかは分かりませんがまずそうですね。

安田

評価が下がると収入が減るので残業したことを隠すしかない。給料が減るより残業手当もらえない方がまだましだって。

久野

そうなっちゃいますよね。

安田

残業申告すると年収が50万下がることもあるらしくて。

久野

中小企業で有給を取ると評価が下がるのと似てますね。

安田

そんな会社があるんですか。

久野

あります。

安田

ちなみに「残業が多い人の評価を下げる」というのは、法的にはOKなんですか。

久野

どういう意図でやっているかによります。悪質だとまずいんですけど、法令を守らせたいという観点から、残業を減らして生産性をあげたいという意図で評価の一部分に導入するのはアリです。

安田

「残業せずにちゃんと稼げるようにしよう」という目的であれば、素晴らしいと思うんですけど。

久野

普通に考えたら「残業は良くないので早く帰ろうね」という制度なわけで。適切な労働環境を確保しようという目的なら至極真っ当だと思います。

安田

今回のケースはどうなんですか。

久野

問題がありますね。まず従業員さんが虚偽の報告というか、残業を隠しちゃってるので。

安田

早く帰るために「人を増やしてください」と本部に言っても、黙殺されちゃうそうです。

久野

それは良くないと思います。

安田

新たに配属しても8割ぐらい辞めちゃうそうで。つまりは過酷な環境で給料も安いってことですよ。ここに限らず飲食チェーンは安くて過酷なイメージですけど。

久野

会社によると思いますよ。

安田

チェーン店って、安い人件費でたくさん働いてもらわないと、もう成り立たないですよね。

久野

ちゃんとした飲食店は人に余裕を持って設計してます。

安田

そうなんですか。

久野

大手チェーンも最近は値上げしてきてるじゃないですか。安くやることはもう無理があるんですよ。

安田

でも牛丼を20円値上げしただけで、お客さんは離れていくじゃないですか。安くなけりゃ行かないって人もたくさんいるし。

久野

そういう消費者にも問題があります。

安田

だけど安さを売りにしてきたわけで。今まで安かったものを高くするって難しいでしょう。

久野

何か工夫しないと難しいでしょうね。

安田

その値段だったら「個人店の方がいいや」って、なりそうな気がします。

久野

工夫次第だと思います。業績の良いチェーン店もたくさんあるわけなので。

安田

そもそもチェーン店自体が、もう限界にきてる気もするんですけど。

久野

そんなことはないと思います。ただ安くし過ぎたというのはあるでしょうね。

安田

こうなることは見えていたような気がしますけど。

久野

最大の問題は人不足なんですよ。ひと昔前はもっと簡単に集められたので、人に関するコスパがそこまで悪くなかった。

安田

昔は低価格でも成り立っていたということですか。

久野

成り立ってました。でも採用難易度が上がり、働く人も職場を選ぶようになり、SNSの影響もあり、更には働き方改革というものまで入ってきた。

安田

もはや成り立たないと。

久野

今まで1人でよかったところが2人集めなきゃいけないし、若干のブラックすら許容されない。どんどん厳しくなってます。

安田

もう無理じゃないですか。

久野

これまでと同じやり方では難しいでしょうね。

安田

どこが一番まずいんですか?

久野

やっぱり世の中が変わったのに、値段だけを据え置いちゃったところですね。

安田

東京だったら時給1200円ぐらい出さないとバイトも来ないですよ。

久野

その分をどこかで吸収しなくちゃいけないので。そこにしわ寄せがいくんです。

安田

店長さんが残業するしかないと。

久野

現場のスタッフを増やす余裕がなくなってくるので。

安田

つまりビジネスモデルとして、成り立ってないってことじゃないですか。

久野

今のままだとそうですね。最低賃金の件もあるし、教育して定着させるコストもかかるし。

安田

やっぱり値上げでしょうか。

久野

過去と同じやり方で同じ値段では、もう無理でしょう。

安田

海外は外食がすごく高いじゃないですか。なぜ日本だけが安くなり続けているのか。

久野

日本で外食するのって昔の方が高かったですよね。

安田

そうなんです。なぜ下がっていくのか不思議で。やっぱり値下げ競争の結果ですか。

久野

「上げられない」という日本の風潮が一番大きいと思います。

安田

「安くてサービスが良くて当たり前」みたいな。

久野

アメリカ人なんてチップ渡さないと動かないですもん。水をガチャンと置いたり。

安田

チップが安いだけで「チッ」とか言われますもんね。

久野

日本人だと誰にお願いしても、すっごくサービスいいじゃないですか。

安田

それが普通ですよね。

久野

にも関わらずサービスにお金を払う習慣がない。

安田

今後どうなっていくんでしょう。チェーン店は減っていくんでしょうか。

久野

多少料金を上げつつ、どんどん自動化させていくと思います。

安田

高級路線への切り替えもありますか。

久野

ブランドまでは変えられないと思います。

安田

高い料金を払うなら個人店に行きますよね。

久野

そう思います。逆に個人店はそこを狙うべきでしょう。

安田

個人店は値上げすべきってことですか。

久野

自動化もできないし。「人がつくっている」という価値をもっと打ち出すべきです。

安田

「私がつくってます」って言えるわけですからね。

久野

「私が選んだ食材で私がつくってます」と言える。これはすごい強みなんですよ。

安田

とはいえ安売りしてる個人店の方が多いですけど。

久野

もう安売りは厳しいと思います。

安田

家族経営じゃないと成り立たないですよね。

久野

家族だったら成り立つでしょうけど、家族も豊かにならないし。安さを売りにするのはやめた方がいいと思います。

この対談の他の記事を見る



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

感想・著者への質問はこちらから