第229回 辞めない仕組みの終焉

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第229回「辞めない仕組みの終焉」


安田

失業給付が早くなるんですか?

久野

2カ月後から出ていたのが7日後になります。これは結構インパクトがあると思います。

安田

つまり、どんどん転職しろってことですか。

久野

そういうことじゃないですか。まだ正式には決まってないですけど、たぶん決まると思います。昔はこれ3カ月だったんですよ。

安田

そんなに長かったんですか。

久野

はい。会社を辞めると3カ月間失業手当がもらえなかった。要は「自ら辞めるとペナルティー」みたいなもんですね。

安田

つまり「辞めるな」ってことですか。

久野

そうそう。保険を積んでいるのに、なぜ貰う時に3カ月待たなきゃいけないんだって。

安田

言われてみればそうですね。辞めたとき困らないように保険をかけているはずなのに。

久野

会社都合の場合は出るんですよ。

安田

「クビになったら出してやるけど、自分都合で辞めるやつは知らないぞ」ってことですね。

久野

そう。それが2カ月になって、ついに1週間になるわけですよ。自己都合で辞めても会社都合や倒産と同じような条件になる。

安田

そもそも違うこと自体おかしいですよ。自己都合か、会社都合か、なんて関係ないでしょう。

久野

「勝手に辞めるな」っていう制度ですね。「辞めたら3カ月路頭に迷うぜ」っていう。

安田

その「辞めるな」という制度が「辞めてもいいよ」という制度になると。

久野

1週間以上失業状態だったらお金を出すから、「どんどん辞めたらいいんじゃない」ってことでしょうね。

安田

失業手当って、就職したら止まるんですか?

久野

就職したら止まります。

安田

普通、辞めてすぐには決まらないですよ。だから保険をかけているわけで。いちばん困る時に出さないって、ひどいですね。

久野

そうそう。一番困るときに出なかったんですよ。ひどい話だけど、だから辞めなかったんでしょうね。

安田

そこが改正されるってことは、次が決まってない人でも辞めやすくなるってことですよね。

久野

そうです。辞めてから考えようってことです。

安田

ちなみに失業給付は何カ月出るんですか。

久野

勤続年数によるんですけど10年未満だと約3カ月ですね。

安田

そこも変わっていく可能性はありますか?

久野

はい。もっと出すかもしれないです。

安田

つまり人材の流動性を高めようってことですよね。

久野

そういうことですね。

安田

ルール変更には必ず意図があると。

久野

まずは支給開始を早めて、次のフェーズで期間を延ばして金額を増やす。

安田

若くて優秀な子だったら、3カ月あったら余裕で決まりますからね。

久野

辞めやすくなる問題もありますけど。失業手当が貯まるごとに3カ月休む人が出てくるかもしれない。

安田

何カ月で貯まるんですか。

久野

1年で貯まります。

安田

「1年働いて3カ月給付もらって休む」という繰り返しができてしまうと。

久野

そういう人が出てくるかもしれない。

安田

国から貰う有給休暇みたいなものですね(笑)

久野

普通の有給より長いですから。バカンスに行くかもしれないですよ。1年働いて失業手当もらいながら3カ月バカンス。帰ってきたらまた1年頑張って。

安田

行政はそこまで予想してるんでしょうか。

久野

そこまでは考えてないでしょう。でも雇用の流動化=生産性アップだと信じ切ってますよ。

安田

まあ日本人の気質からして「1年働いて3カ月失業給付でバカンス」みたいな人は少ない気がしますけど。みんな真面目なので。

久野

私もほとんどいないと思います。だから「辞めるときの負を解消しよう」というのが今回の狙いですね。

安田

そういう意味じゃうまくいきそうな気がします。

久野

会社側は嫌でしょうけど。これからは人が多少入れ替わっても戦える仕組みにしなきゃいけない。大きな経営環境の変化ですよ。

安田

入れ替わるの前提で組み立てるしかないと。

久野

愛社精神とかを求め過ぎちゃいけないってことです。

安田

愛社精神の中には「辞めない」ってのが入ってましたもんね。

久野

入ってました。

安田

私が新卒採用のお手伝いをしていた頃、そこに賛同してくれる社長は多かったです。中途採用というのは「会社を辞めた経験がある人」なんですよって。

久野

確かに新卒は「まだ1回も辞めてない人」ですからね。

安田

そうなんですよ。愛社精神という意味では1回も裏切ってない人。そこに凄く共感して頂きました。

久野

もうそういう時代じゃないですよ。

安田

はい。新卒でも簡単に辞めちゃうし。

久野

国も「どんどん転職しろ」って推奨してるようなもんですから。

安田

新卒は3年で3割辞めると言われてますけど。こういう制度ができると5割、6割と辞めるようになるかもしれないですね。

久野

あり得ますね。これからは給与交渉も当たり前にして、毎年更新していかないと。

安田

一律のベースアップは無しですか?

久野

それがお互い健全なんじゃないですか。それで「決裂したら終わる」みたいな。

安田

人によっては「この給料で嫌だったら辞めてくれていいよ」ってことですね。

久野

本当はそこをセットにしないとまずいと思うんですよ。

安田

こういう法律の改正のときってあまり反対は出ないものですか。

久野

日本の有権者は税金に関してはめちゃくちゃうるさいんです。でも、不思議なんですけど、社会保険料とか社会保険制度に関しては、政治に影響しない。

安田

だから政治家は社会保険を上げたがるんですね。

久野

今までメディアもあまり取り上げなかったですし。

安田

じゃあ今回の改正もほとんど決まりですね。

久野

はい。決まると思います。

安田

ひとつの会社で人生を全うする人はどんどん減っていきますね。

久野

副業とか、業務委託とか、そういう多様な働き方が増えていくと思います。

安田

新卒で入って定年まで勤める人はどれぐらい残ると思いますか。 

久野

これから20年で2割ぐらいになるんじゃないですか。

安田

つまり8割は転職なり、副業なり、業務委託なりになっていくと。

久野

ひとつの会社で勤め上げる人は逆に素晴らしいですよ。定年のときに金一封ぐらい出さないといけないです(笑)

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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