第33回 日本の美術館・博物館は必要か?

この対談について

国を動かす役人、官僚とは実際のところどんな人たちなのか。どんな仕事をし、どんなやりがいを、どんな辛さを感じるのか。そして、そんな特別な立場を捨て連続起業家となった理由とは?実は長年の安田佳生ファンだったという酒井秀夫さんの頭の中を探ります。

第33回 日本の美術館・博物館は必要か?

安田

ご存知だと思いますが、国立科学博物館の運営費が国の予算じゃ足りず、クラウドファンディングをしたら9億円も支援金が集まったそうです。


酒井

ああ、すごい額ですよね。

安田

この件に限らず、今後国が文化施設を運営するお金を維持できるとは到底思えません。一般からの募集でこれだけのお金が集まるのなら、美術館や博物館はいっそ民間の寄付で運営すればいいんじゃないですかね。


酒井

確かに、寄付で運営してもいいと思います。海外でも同じような例がありますしね。

安田

ネット上では、「税金の無駄使いをやめて、こういうことにお金を使えよ」「無駄なことばかりに税金を使うくせに、こういう大切なことにはお金を出そうとしない」という意見が多いようです。


酒井

ああ、なるほど。

安田

私もそういう意見に賛成ではあるんですが、日本の文化施設って海外に比べたら中途半端なところが多いじゃないですか。本当に文化的教養を高めたけれければ、ルーブル美術館や大英博物館を観に行くべきだと思ってしまう(笑)。酒井さんは、日本の美術館や博物館は必要だと思いますか? また、仮に必要だとして、その運営を国が担う必要性はあるんでしょうか。


酒井

必要だと思いますし、運営は国が行うべきだと思いますね。

安田

ほう。それはどういう理由ですか?


酒井

教育上必要だという意味もありますが、どちらかというと文化の保存や継承のためですね。そしてそれを100年単位、1000年単位で行おうと思うと、個人や企業に任せるわけにはいかない。

安田

ああ、なるほど。確かにそういう観点で考えると、いつ潰れたり逃げ出したりするかわからない民間企業に担わせるわけにはいきませんもんね。


酒井

ええ。日本では医療・年金制度は頑張って国が支えてますが、究極的にはこれは個人の問題だから、国に頼らず自己負担でやるというのも一つの考え方かなと。逆に文化遺産というのは個人の所有物ではないので、国として責任持って、つまり税金を払って守ったり残したりしていくものなのかなと。

安田

なるほど、そうですか。でもこの事業って、あんまり利益は生みませんよね?


酒井

はい、だからこそ国が運営すべきだと思います。たとえば国立国会図書館には、公文書や無名作家の本も保管されています。一般人にとっては無用の長物ですから、クラウドファンディングしてもお金は集まらないでしょう。だからこそ国が責任持って管理していくしかないんです。

安田

なるほどなぁ。確かに100年後に「この本を残しておいて良かった」となる可能性もありますしね。ちなみに国会図書館には『週刊少年ジャンプ』もすべて保管してありますよね(笑)。


酒井

ええ。でもそういう人気雑誌はクラウドファンディングでもお金が集まりますから(笑)。むしろ今回の国立科学博物館の問題が示したのは、「公共の利益」に対して世の中がシビアになっているという事実ですよね。政治は国民の感情を反映するものですから、「文化財を残すお金があるなら、少しでも減税して欲しい」というのが多数派の意見なんでしょう。

安田

そうですね。その通りだと思います。


酒井

私個人としては、経済的な価値だけではなく、文化的なものを後世に残す価値にも、しっかり目を向けてほしいと思いますけどね。それが、少し大げさに言えば「人としての生き様」「日本の国をどう見るか」ということに通じると思っているので。

安田

確かにその通りだと思うんです。でもそれなら大学の基礎研究などにもっとお金を使うべきだと思いませんか? 国が「役に立つ研究」にしかお金を出さないから、理系ばかりが増えて文系が減っている。この状況を望んでいるのは国なんですかね? それとも国民ですか?


酒井

先ほどの話同様、国民が望んでいるからだと思います。企業が望んでいる、と言い換えてもいい。そして企業としては、応用的な研究を大学でやってもらっておいた方利益になる、という言い分です。

安田

なるほど。確かに企業がそう考えるのは自然ですね。


酒井

とはいえ国側の問題も大いにあって、そもそも省庁間のコミュニケーションがうまくいっていないんですよ。文科省は当然「文化財は残すべきだ」というスタンスですが、それを当然のことと思いすぎていて、財務省に対してうまく予算交渉できていない。

安田

なるほど、だから博物館がクラウドファンディングせざるを得ない程度の予算しか出てこない。


酒井

ええ。余裕があった頃は充分な予算が充てられていたんですけどね。ただ、少子高齢化や物価高などが進んで借金が増えてきた今、そういう「すぐに利益にならない」予算は削られてしまうようになった。

安田

もちろん理屈はわかりますけど、そんなことを言っているから、本当に研究をしたい大学生が、海外に行ってしまうんですよ。目先の利益ばかり追い求めるだけでは、国が先細りするのは目に見えているのに。


酒井

同感です。予算を減らし続ければ、いずれ日本国内での文化の保存・継承ができなくなってしまう。そうなれば、「アメリカや中国に行かないと日本文化がわからない時代」が来てしまうかもしれない。

安田

それは非常に残念な状況ですね。そういう意味では酒井さんは、他の予算を削ってでも文化財を残す方に注力した方がいい、というお考えですか? 例えば高齢者の薬負担を1割から2割に増やしてでも。


酒井

ああ、そうですね。金額の規模でいうと、それくらいの額が必要だと思います。

安田

とはいえ、それを選挙で言うと、不利になるでしょうね(笑)。


酒井

そうですね(笑)。そもそも、誰も自分事として気にしてなかったから、今のような状況になっているんですよ。「将来のために文化財が必要だ!」と訴えても、「そんなことより経済対策だろ!」「今の俺たちの生活が楽になるのが先だ!」となってしまっている。

安田

国だけじゃなく、国民側の余裕も既にないと。そう考えるとけっこう末期的ですね。

 


対談している二人

酒井 秀夫(さかい ひでお)
元官僚/連続起業家

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経済産業省→ベイン→ITコンサル会社→独立。現在、 株式会社エイチエスパートナーズライズエイト株式会社株式会社FANDEAL(ファンディアル)など複数の会社の代表をしています。地域、ベンチャー、産官学連携、新事業創出等いろいろと楽しそうな話を見つけて絡んでおります。現在の関心はWEB3の概念を使って、地域課題、社会課題解決に取り組むこと。

 


安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家

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1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

 


 

 

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