泉一也の『日本人の取扱説明書』第104回「カツジンの国」

泉一也の『日本人の取扱説明書』第104回「カツジンの国」
著者:泉一也

このコラムについて

日本でビジネスを行う。それは「日本人相手に物やサービスを売る」という事。日本人を知らずして、この国でのビジネスは成功しません。知ってそうで、みんな知らない、日本人のこと。歴史を読み解き、科学を駆使し、日本人とは何か?を私、泉一也が解き明かします。

以前、講演会でご一緒したモンベル(登山用品メーカー)の創業者辰野さんが語った。

「パタゴニア(米国の同業)の社長と仲いいんだけど、彼と経営について語り合ったことがあってね、驚いたことに180度考え方が違ったんだよ」

何が違ったのか。

モンベルでは「人(社員)」がやりたいこと、得意なこと、好きなことが中心に仕事が生まれ事業となった。パタゴニアでは会社のビジョンと戦略から事業が生まれ、その事業に必要な仕事をつくり、遂行する存在として「人」を当てはめたと。

パタゴニアの社長は辰野さんの話に驚かれたようで、なぜそれでうまくいくのかとしつこく聞かれたようだ。

同業にも関わらず、真逆の経営スタイルだったわけだが、辰野さん曰く、この違いに日本流の経営の極意があるのではないかと。日本という風土においてはパタゴニア的な米国流経営はフィットしないと私も感じているが、どうしても米国的な経営の方が合理的であり計画的である。株主にも説明しやすいため、特に上場企業はこの米国流スタイルになりがちである。

米国は生まれた頃からビジョンと戦略が日常の中にあるが、日本にはそんなものはない。企業に入ってからではすでに手遅れである。小学校からサッカーをやり続けた人と、大学に入ってから初めてサッカーを始めた人ではあまりにも差がありすぎる。大学からだとプロにはなれないだろう。
つまりプロになるには手遅れで、それよりも子供の頃から日常にあったスタイルで経営をすればうまくいくのだ。

そのスタイルはモンベルにヒントがある。それは活人である。

日本は日常に「活人」があった。盲目でもあっても琵琶法師やあん摩師といった職人になれる社会。労働者・サラリーマンという白黒の世界ではなく、カラフルな世界である。

日本には職業が無数にあり、そのカラフルな職業の世界に丁稚奉公的に飛び込んでいける。志村けんさんのようにボーヤと呼ばれ師匠の元で身の回りの世話をしながら、技術を身につけていくのだ。

大学に行き就活で、企業説明会で付け焼き刃のビジョンと戦略を聞き、より優れていそうな会社に入る。素人たちの就職活動と採用活動が繰り広げられているわけだが、そんな素人の世界で本物が生まれるはずがない。

プロは師弟関係から生まれる。師弟関係の中に活人があるわけだが、師匠を選べる社会がくれば、人も企業も活性化するだろう。懲兵がないこの国では、丁稚奉公をその代わりにすればいい。兵役中の給料は国が払うように、師匠側は給料を払わず国が弟子料を払えばいい。師匠は仕事の中で弟子をプロへと育成することに特化すればいいのだ。

雇う雇われる中でプロの育成はできない。労働基準法に基づいた労使関係があるからだ。そんな法にしばられない師弟関係の中でこそ人は活きてくる。

副業の時代は、あなたの副業を「弟子」にした方がいい。副業を生計にするにはそんな簡単にできない。活人のプロセスが必要だからだ。

これから経済は冬の時代がくる。そして、失業者や休職者が増え、生活保護も増えるだろう。太平洋戦争では800万人を給金付きの徴兵にしたように、徴弟子にして国から給金を与えればいいのだ。この国から本物がどんどん輩出されていくだろう。

 

著者情報

泉 一也

(株)場活堂 代表取締役。

1973年、兵庫県神戸市生まれ。
京都大学工学部土木工学科卒業。

「現場と実践」 にこだわりを持ち、300社以上の企業コーチングの経験から生み出された、人、組織が潜在的に持つやる気と能力を引き出す実践理論に東洋哲学(儒教、禅)、心理学、コーチング、教育学などを加えて『場活』として提唱。特にクライアントの現場に、『ガチンコ精神』で深く入り込み、人と組織の潜在的な力を引き出しながら組織全体の風土を変化させ、業績向上に導くことにこだわる。
趣味は、国内外の変人を発掘し、図鑑にすること。

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