経営者のための映画講座 第18作目『桐島、部活やめるってよ』

このコラムについて

経営者諸氏、近頃、映画を観ていますか?なになに、忙しくてそれどころじゃない?おやおや、それはいけませんね。ならば、おひとつ、コラムでも。挑戦と挫折、成功と失敗、希望と絶望、金とSEX、友情と裏切り…。映画のなかでいくたびも描かれ、ビジネスの世界にも通ずるテーマを取り上げてご紹介します。著者は、元経営者で、現在は芸術系専門学校にて映像クラスの講師をつとめる映画人。公開は、毎週木曜日21時。夜のひとときを、読むロードショーでお愉しみください。

『桐島、部活やめるってよ』に見る、ヒエラルキーの強さと脆さ。

朝井リョウ原作の映画『桐島、部活やめるってよ』は2012年8月に公開された。主演の神木隆之介こそ知られた存在だったが、それ以外の出演者たちはほとんど無名だったため、興行収入をさほど期待されることもなく地味なロードーショー公開となった。しかし、この作品は口コミで評判となり、公開される劇場がどんどん広がり、結果、8ヵ月にも及ぶロングラン上映となったのである。

作品への評価も高く、日本アカデミー賞の最優秀作品賞を含む三部門で最優秀賞を受賞し、多くの俳優たちが様々な映画コンクールで賞を受賞。橋本愛、東出昌大、仲野太賀、山本美月、松岡茉優、落合トモキ、浅香航大、前野朋哉などが、この映画をきっかけに知られるようになり、スターの仲間入りをした。

さて、この作品がそこまで観客を魅了した理由は何か。それはおそらく誰もが経験している高校ヒエラルキーの描き方にあるのではないだろうか。最上層にいるのがバレー部のエース、桐島だ。そんな桐島がある日、部活を辞めるという噂が生徒たちの間で駆け巡る。桐島がいなくてバレー部は勝てるのか。桐島を慕って日々行動している仲間たちはこれからどうなるのか。付き合っている恋人が何も聞かされていないのはなぜか。様々な憶測が生徒たちを不安に陥れ、混乱させていく。

最下層にいる映画部の前田たちはそんなことも知らずに、ゾンビ映画の制作に明け暮れている。ヒエラルキー最下層にいても、彼らの映画作りに対する情熱は日々増していて、ラスト近く、校舎の屋上でクライマックスの撮影を始めるのだった。しかし、その屋上に「桐島がいるらしい」という噂で、混乱の極みにいた運動部の生徒たちがなだれ込んでくる。ぶち壊しになる撮影、怒る映画部の生徒たち、邪魔だと叫ぶバレー部の部員。一触即発のなか、映画部の前田が彼らを屁とも思っていない運動部のやつらに叫ぶ。「あやまれ!俺達にあやまれ!」と。胸ぐらを捕まれる前田。すると前田は映画部の仲間に声を張り上げる。「ゾンビども、こいつらを食い尽くせ。ドキュメントタッチで撮るんだ!ロメロだ!」と。

映画は同じ場面を何度も繰り返し描く。運動部の部員の目線から描き、映画部の前田の視線から描き直す。角度を少し変えるだけで、ものの見え方が全く違う。正解が不正解になり、悪が正義になる。あんなにも悩まされていた学生時代の上下関係が実はこんなにも不確かで脆いものであったのかという事実を改めて突き付けられ呆然とする。そして、同時に、そんなことに右往左往する人間というもの愚かさと愛おしさを教えてくれる。

社会人になった時、誰もが思う。あの学生時代の閉塞した悩みはなんだったんだろう、と。しかし、社会人を何年も続け、ましてや経営者になってしまうと、学生時代と同じように閉塞した空間の中で堂々巡りの思考に陥ってしまいがちだ。経営がうまくいかないときには、なおのことだろう。そんなとき、ラストシーンの「8ミリ映画の画面は汚いけど…。だけど、いつも映画館で見ている映画とつながってる気がすることがあるんだよ」という前田のセリフを思い出してほしい。すべてのビジネスはあなたと世界を結びつけるための手段だったはずだ。

著者について

植松 眞人(うえまつ まさと)
兵庫県生まれ。
大阪の映画学校で高林陽一、としおかたかおに師事。
宝塚、京都の撮影所で助監督を数年間。
25歳で広告の世界へ入り、広告制作会社勤務を経て、自ら広告・映像制作会社設立。25年以上に渡って経営に携わる。現在は母校ビジュアルアーツ専門学校で講師。映画監督、CMディレクターなど、多くの映像クリエーターを世に送り出す。
なら国際映画祭・学生部門『NARA-wave』選考委員。

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