「日本一高いポスティング代行サービス」を謳う日本ポスティングセンター。依頼が殺到するこのビジネスを作り上げたのは、壮絶な幼少期を過ごし、15歳でママになった中辻麗(なかつじ・うらら)。その実業家ストーリーに安田佳生が迫ります。
第161回 負けず嫌いが経営者になると…

中辻さんは今『マメノキカンパニー』を経営されていますが、やっぱり社員だった時と比べると、価値観や感覚って大きく変わりました?

そうですねぇ。社員だった時は同僚のことをものすごいライバル視してましたね(笑)。とにかく「自分が1番」じゃないと気がすまなかったといいますか…。表面上は和気あいあいとやっているんですけど、心の中では常にバッチバチに対抗意識を燃やしていました(笑)。

仰るとおりです(笑)。学生時代は陸上部だったんですけど、特にリレーは絶対にアンカーじゃないと嫌でしたし。ある時だけアンカーに選ばれなかったことがあったんですが、未だにあの悔しさは忘れられないですもん。

「負けず嫌い」のレベルが高いですね(笑)。でもその負けず嫌いな性格は、社会人になってからむしろプラスに働いたような気がします。中辻さんの最初のお仕事は、ヤクルトレディでしたよね?

そうです。今はどうかわかりませんけど、私が働いていた当時は事務所にヤクルトレディさんたちの売上がババーンと貼り出されていたんですよ。個人の売上が棒グラフになっていて、達成するとお花がつけられたりとかする、アレ。

そうそう(笑)。当時は、一番売らなければいけない、かつ、バックマージンが一番高い「ヤクルト400」という商品の契約数が棒グラフにされていたんですけど。私はいつもそれを見て「1番になりたい…」と闘志を燃やしていました(笑)。

ありがとうございます。あとは自分の担当エリアの新規顧客開拓もめっちゃ頑張りましたね。前任者がちょっと手を抜き気味の方だったようで(笑)、引き継いだ時点でエリア内のお客様たちがかなり離れていまして。そこを自分の力でどんどん開拓してくのも大きなやりがいになっていました。

そうですね。私一人というより、会社全体のプラスになる。そうすればまた別の事業を考えて実行することもできますからね。だからこそ、経営者になった今は、一緒に働く相手には「育てたい」「大切にしたい」という想いが強いかな。

いえ、「過去の自分」です。というのも、ほとんどの同業他社さんが一番重きを置いているのって「毎月どれだけたくさん配布するか」ということなんですよ。一方、ウチが重視しているのは「どれだけ質の高いポスティングを提供するか」。だからそもそも戦う土俵が違うんですよ。

ははぁ、土俵が違うんだから比較する意味もないというわけか。深いなぁ。じゃあ最後にお聞きしたいんですが、中辻さんは経営者として、「顧客の満足」「社員の満足」「会社の業績」、この3つのうちどれを一番重視しているんでしょうか?

うーん、すごく難しい質問ですね。どれも大事ですもん!(笑) 1つ言えるのは、業績が上がらないと社員にお給料や賞与も出せない。そうすると社員の満足度は下がりますよね。じゃあ業績を上げようとしたら、当然お客様の満足度も上げていかないといけないわけですよ。

仰るとおりです。だからその3つを切り離して考えることは難しい。ともあれ、「チラシを通じてお客様に利益をもたらすことで対価をいただいている」という視点さえブレなければ、すべてが結果としてついてくると信じています。
対談している二人
中辻 麗(なかつじ うらら)
株式会社MAMENOKI COMPANY 専務取締役
1989年生まれ、大阪府泉大津市出身。12歳で不良の道を歩み始め、14歳から不登校になり15歳で長女を妊娠、出産。17歳で離婚しシングルマザーになる。2017年、株式会社ペイント王入社。チラシデザイン・広告の知識を活かして広告部門全般のディレクションを担当し、入社半年で広告効果を5倍に。その実績が認められ、2018年に広告(ポスティング)会社 (株)マメノキカンパニー設立に伴い専務取締役に就任。現在は【日本イチ高いポスティング代行サービス】のキャッチコピーで日本ポスティングセンターを運営。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。


















