変と不変の取説 第91回「知事から藩主へ」

「変化だ、変化だ、変化が大事だ」とみなさんおっしゃいますが、会社も商品も人生も、「変えなくてはならないもの」があるのと同様、「変わらないもの」「変えてはならないもの」もあるのです。ではその境目は一体どこにあるのか。境目研究家の安田が泉先生にあれやこれや聞いていきます。

 第91回「知事から藩主へ」

前回、第90回は「裏の時代。目利きの時代」

安田

じつは私、昔から首相公選制の推進派でして。

前にも言ってましたね。

安田

はい。大統領ほどの権限を持たせるかどうかはともかく。日本のトップはやっぱり自分たちの手で選びたい。

今の制度だと「自分たちで選んでる」という意識がもちにくいということですか。

安田

だから選挙が盛り上がらないんですよ。知事選のほうがはるかに盛り上がるじゃないですか。

そうですね。自分たちで選んでる感がありますから。

安田

議院内閣制って、何かメリットがあるんですか?

間接民主主義のメリットということですか。

安田

はい。なぜ直接選んじゃいけないのか。

まあ実質的に、日本の総理大臣は自民党が選んでますからね。

安田

「国民が直接選んだらバカがトップになる」って言われてますけど。どう思います?

バカがトップになるとは限りませんけど。国民の質とイコールになる。

安田

そもそも国会議員って、国のことを最優先に考えないといけないはず。でもいまの制度だと「この地域に利益持ってきまっせ」って人が選ばれちゃう。国じゃなくて地域、つまり自分の次の選挙を目的にみんな動くわけで。

その通りですね。いかに地元に利権を持っていくか。みんなそこに腐心してます。

安田

そういう人たちが国のトップを選ぶわけで。「国のことを考えたらこの人」という選び方になろうはずがない。

そうなんですよ。でも突き詰めて行けば、国家というものに対する視点が国民の誰にもないんです。

安田

ないですよね。確かに。

自分たちがそういうリーダーを選んでないから。国家といういちばんの全体最適をどの議員も考えない。

安田

地方の代表が「国家の代表を決める」という制度に問題があるんですよ。やっぱり。

地方の代表を選んでるのも国民ですけどね。

安田

そうですけど。なぜ間接選挙にする必要があるのか。これはアメリカの策略じゃないですか?アメリカは大統領制なのに、なぜアメリカに占領された日本が大統領制になっていないのか。

それは日本が明治維新のときにドイツを真似たからです。議会制民主主義というドイツのスタイルを憲法ごと真似した。「その延長線上でやりたい」って言ったんでしょうね。

安田

「アメリカが押し付けた憲法」と言われてますけど。じつは日本の歴史的背景もちゃんと考慮されてるってことですか。そんな権限があったんですか?占領下の日本に。

そう思います。

安田

「強力なリーダー」を生まないための、アメリカの策略ではない。

違うと思います。

安田

じゃあ、なぜアメリカと同じ制度にしなかったんですか。

「急に変えられなかった」というのもあるでしょうね。明治維新からずっとやってきた国のスタイルなので。ある程度は踏襲しながらやっていく。そのかわり「天皇はどうするんや」って話。

安田

なるほど。天皇はどういう存在にするのか。当時はすごく微妙な問題だったでしょうね。

そこがいちばん重要かつ微妙な問題だったと思います。

安田

すごく不思議な形になりましたからね。「国の方向性を決めないということを、憲法で定義された国のトップ」みたいな。

そうなんですよ。

安田

天皇陛下が大統領みたいに「すべての国家権限を持つ」ってことは、今後も考えられないですか?

今後はもうないでしょうね。

安田

本人も象徴になりきろうとしてますし。ということは、このままの制度でいくか、大統領制に近い首相公選制に移っていくか。どうなると思います?

うーん、思いっきり国のスタイルを変えるものなので。首相公選制は不可能に近いと思いますね。やるとしたら知事の権限を強くすること。知事だけでひとつの会をつくって意思決定の方向性を決めていくとか。

安田

でも地方の予算って国が握ってるじゃないですか。そんな重要なところを国会議員が手放すはずもなく。お金がない地域のトップは国会議員に頭が上がらないです。

今はそうですけど、そこを変えていく。国会議員を変えるのは難しいですから。彼らは地元の権益とひも付いちゃってるので。

安田

上から変えるのではなく、下から変えていくしかないと。

私はそう思いますね。トップダウンだった組織をボトムアップに変えていく。企業組織と同じですね。

安田

現場からいろいろアイデアが出て、それを上が支えていくのが理想だと。

そうです。

安田

でも議院内閣制なんてまさにボトムアップですよ。地域の代表を決めて、その代表が全体の代表を決める。ボトムアップで成り立ってるのが、いまの政治体制じゃないですか。

今は部分最適でやってるからダメなんですよ。

安田

ボトムアップでやったら部分最適になりませんか?

日本人は「まあまあ」って譲り合っちゃうから。ほどほどのところに終始するんですよ。

安田

それが日本のよき文化でもありますけど。でもこれをやってる限り部分最適になりますよね。

なっちゃいますね。

安田

「うちの地域の利益を捨ててでも、日本の未来の礎をつくるぞ」みたいなことって絶対できない。

できないでしょう。まず選挙に受からないし。

安田

そうですよね。

はい。だから結局は国民レベルの問題なんですよ。

安田

日本人には全体最適はムリってことですか?

いえ、そんなことないです。たとえば徳川幕府は、各藩の藩主たちがちゃんと会議をやって、国の方向を決めてたんですよ。

安田

そうなんですか。将軍のトップダウンではなく?

彼らの意見をちゃんと聞いて、徳川幕府は運営されていました。だから可能性があるとしたら、さっきも話したように“知事党”みたいなのができて、「知事全員で地方交付税を国のために使います」という方向。

安田

知事が結託するってことですか。国会議員に対して物が言える立場になると。

国より力を持つっていう。

安田

なるほど。確かにアメリカなんて、州のトップが力を持ってますもんね。独自の法律をつくったり。

はい。州がひとつの国のようになってます。

安田

今回のコロナで「すごく有能な知事」と「ダメダメな知事」がはっきり見えちゃいましたよね。

見えちゃいましたね(笑)

安田

「どうやら知事は大事らしいぞ」ってことに、市民も気づきました。

気づきましたね。今後の知事選が楽しみです。

安田

知事は直接選挙で選べますから、これからの知事選は面白くなりますね。

はい。市民の声がそのまま反映された知事が増えてくる。

安田

地域のトップは「国会議員じゃなく知事だ」って流れになるかもしれません。

それは十分あり得ます。で、昔の藩主みたいになっていくっていう

安田

国会議員の地位がどんどん下がって、知事連合の地位が上がっていくと面白そう。

この国を変えるならその方が早いと思います。首相公選制より。

安田

江戸時代みたいに「藩が力を持つ」状態になっていくと。

権力の中央一極集中が終わるってことですね。それが本当の民主主義なんですよ。


場活師/泉一也と、境目研究家/安田佳生
変人同士の対談


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第1回:「変わるもの・変わらないもの」
長い間、時間をかけて構築された、感覚や価値観について問い直します。

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