「日本一高いポスティング代行サービス」を謳う日本ポスティングセンター。依頼が殺到するこのビジネスを作り上げたのは、壮絶な幼少期を過ごし、15歳でママになった中辻麗(なかつじ・うらら)。その実業家ストーリーに安田佳生が迫ります。
第171回 中辻麗の「本質」の子育て方法

中辻さんには娘さんがいらっしゃいますが、子育てをしたことで自分自身の何が一番変わったと思います?

やっぱり「人間性」ですかね。…と言っても、私出産したのが16歳だったので、子育てをしたことで変わったのか、年齢を重ねたことでそうなったのかはわからないんですけど(笑)。それでもやっぱり、娘を産み育てたことで大きく変わったと思います。「この子に全てをかけて愛情を注いであげないと」って気持ちが芽生えたといいますか。

そうですね。大人になったし、強くもなったと思います。一人だったら、しんどいことがあったらすぐに楽な方に逃げていたかもしれない。でも娘がいることで、たとえ嫌なことがあっても「しっかり働いてしっかり給料もらわないと」って思えましたから。

今はもう、子ども大好きですよ!(笑)。犬のお散歩していると、よく小さい子に話しかけられるんですけど、嬉しいですもん(笑)。娘の存在が可愛く思えるからこそ、他人の子どもも可愛がれるようになりました(笑)。

なるほど(笑)。ちなみに中辻さんは17歳の時に離婚されてシングルマザーとなったわけですけど、その年齢で小さなお子さんを抱えて生きていくってなかなか過酷だと思いまして。正直なところ、全てを捨てて逃げ出したくなるようなこともありました?

19歳か20歳くらいの頃に、すごく好きになってお付き合いすることになった人がいまして。で、娘と3人で一緒に住んでいたんですけど、彼がすごく「いいお父さん」をしようとしてくれていたんです。でも娘はその時、2〜3歳くらいだったんで、全然大人の思い通りにはならない時期だったわけですよ。

俗に言うイヤイヤ期ですね。実の親でも、子どもの理不尽な癇癪にイライラしちゃう時期ですよ(笑)。

そうです。それでね、その時に一瞬だけ「私に娘がおらんかったら、違う未来があったんかな」って考えがふとよぎってしまったんです。でも同時に、そんなことを思った自分自身にすごい自己嫌悪を感じて。あの時の罪悪感は今も消えていなくて、未だに娘には「あの時は、そんなこと思っちゃってごめんなぁ」って伝えています(笑)。

今もよく、母親が子どもを家に置き去りにして彼氏と遊びに行ってしまうような事件がニュースになりますよね。そんなことはもちろん許されることではないですけど、一方で、まだ20歳そこそこの若い年齢だったら心が揺れてしまうというのもわからなくもない。でも中辻さんは娘さんを優先した。それはなぜなんですか?

結局、全て自分が蒔いた種だから、という自覚があったからだと思います。皆の反対を押し切って結婚したのも自分、16歳で子どもを産むって決めたのも自分、離婚したのも自分。だからこそ、一瞬の気の迷いで「娘がいなかったら…」なんてことが頭をよぎったこと自体が最低や…って思って、1年に1回くらい、娘に謝り続けているというわけです(笑)。

お金の心配と、娘との時間が取りにくいという悩みはありましたけど、それも別に「辛い」わけではなかったですね。というか私、全然真面目じゃないんで(笑)。例えば娘のお弁当を作らなきゃいけない時も、仕事で疲れていたら冷凍食品をチンしてちょちょっと詰めたり、水筒に入れるお茶もコンビニで買ったペットボトルを入れたりしていましたからね(笑)。
対談している二人
中辻 麗(なかつじ うらら)
株式会社MAMENOKI COMPANY 専務取締役
1989年生まれ、大阪府泉大津市出身。12歳で不良の道を歩み始め、14歳から不登校になり15歳で長女を妊娠、出産。17歳で離婚しシングルマザーになる。2017年、株式会社ペイント王入社。チラシデザイン・広告の知識を活かして広告部門全般のディレクションを担当し、入社半年で広告効果を5倍に。その実績が認められ、2018年に広告(ポスティング)会社 (株)マメノキカンパニー設立に伴い専務取締役に就任。現在は【日本イチ高いポスティング代行サービス】のキャッチコピーで日本ポスティングセンターを運営。
安田 佳生(やすだ よしお)
境目研究家
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。安田佳生事務所、株式会社ブランドファーマーズ・インク(BFI)代表。

















