完成度と価値の関係

いかにして商品の完成度を高めるか。いかにして提案書の完成度を高めるか。かつてここに疑問を抱く人はいなかった。完成度の高い商品や提案書ほど価格や契約率が高い。それが常識だった。だがこの相関関係に変化が起き始めている。完成度の高さが人間の感情に響かなくなっているのだ。

かつて、抜け漏れのない完成度の高い提案書の作成には、2〜3年の下積み期間が不可欠であった。抜け漏れをチェックし、顧客に出せる完成度まで指導するベテランも不可欠だった。しかしAIの登場によって下積み期間はほぼゼロになった。顧客情報を入力すれば完璧な提案書が出来上がる。

もはやAIを使えない上司よりAIを使いこなす新人のほうが、完成度の高い提案書を作ってしまう。しかも作業時間は上司の数分の1である。AI初期にはベテランのチェックも不可欠であったが、AIの進化によってそれすら不要になってしまった。もはや完成度は限りなく満点に近い。

では完成度が100点に近づくとどのようなことが起こるのか。完成度と契約率が比例しなくなるのである。完成度が低い提案の中に完成度の高い提案があれば競争は優位になる。だがAIはその優位性をなくしてしまう。AIが作る「完成度の高い提案書」は将棋の最善手のように同じ結果に収束していく。

どこからも同じような提案書が出てくる。不足している情報はないし不備もない。だがまったく心に響かない。当然である。昔の人が完璧な直線や円に心を動かされたのは、それが存在しなかったからである。現代人が完璧な直線や円を見て感動するだろうか。当たり前すぎて記憶にも残らないだろう。

プロ棋士の将棋が面白いのはミスをするからである。もし彼らにAIを使うことが許されたならファンは激減してしまうだろう。ビジネスの世界はまさにここに到達している。完成度の高さが人間の興味を超えてしまったのである。安くて美味しいランチも不備のない提案書も路傍の石のように転がっている。

自然が作る球体や直線に人は感動する。なぜならそれは完璧ではないからである。だが不完全であればいいというものではない。完璧な球体をあえて人間が磨き直して不完全にする。このひと手間がない商品や提案にもはや人の心は動かない。心を動かせない商品や提案は安さと機能の勝負になっていく。
 

 

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1件のコメントがあります

  1. 昨日、自分の講義で、全く同じ話をしてました。完璧から、どなくらい離れるかだけが人間の価値になる、と

    安田さんのこの文章を見て、確信に変わりました。

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