第95回「長すぎた我慢」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第95回「長すぎた我慢


安田

残業を“うやむや”にすることで、中小企業って現場を回してきましたよね。

久野

その通りです。

安田

でも、だんだんそこも厳しくなってきた。

久野

かなり厳しくなってます。

安田

残業代はルール通りに払わなきゃいけない。そうなるとサービス残業で成り立っていた会社は行き詰まってしまう。

久野

はい。行き詰まっていくと思います。

安田

ですよね。これまで払ってなかった残業代をすべて払うって不可能ですから。

久野

そもそも必要のない残業も多かったと思いますよ。

安田

たくさんありそうですね。

久野

はい。これからは「できるだけ残業させない」という会社が増えていく。

安田

そうなったら早く仕事が終わるわけですけど。その時間を何に使うんですかね。

久野

それが今けっこう問題になってて。たとえば製造業で「残業が占める収入の割合」って3割ぐらいあるんですよ。

安田

そんなに!

久野

はい。残業がなくなると生活できなくなっちゃう。だから副業を始める人も出てきてます。

安田

余裕がある人は早く帰れて嬉しいでしょうけど。

久野

そうでもないみたいです。家族には「早く帰ってくるな」って言われて。時間つぶしてお金使っちゃうみたいな。

安田

なんと!じゃあ本音は「残業したい」ってことですか。

久野

そういう相談がすごく多いです。それでローンも組んじゃったとか。残業代も含めて。

安田

残業代を含めてローン?

久野

はい。結構多いですよ。

安田

へえ。でも減らせない残業もありますよね。

久野

そういう場合は人を増やして、できるだけ残業は減らす。

安田

なるほど。残業代を払うより、ひとり雇ったほうが安いですもんね。

久野

そうなんです。ただ残業代を減らすために人を増やすと、賞与も減っていくんですよ。収益が増えたわけじゃないので。

安田

確かに。

久野

そうすると全体の年収がガクっと下がる。

安田

サービス残業させてた分は賞与で還元してたでしょうし。当然そういうのもなくなっていくと。

久野

そうなりますね。

安田

企業が残業を減らしてくのはもう確定ですか?

久野

未払い残業の債権が3年になりましたから。何が一番怖いって、あとから請求されること。だからまず未払い残業をきっちり精算する会社が増えてます。

安田

なるほど。そうなると「残業させるほど利益が出る仕事なんだろうか」ってことをしっかり考えるようになると。

久野

そうです。なので次のステップとしては外注を増やすようになる。

安田

外注ですか。

久野

たとえばサービス残業でやらせてた掃除とかは外に出していこうとか。

安田

なるほど。そのほうが割安だと。

久野

はい。日本はジョブ型じゃないので会社に来たら何でもやらされるじゃないですか。掃除までさせたり。

安田

中小企業ではそれが普通ですよね。

久野

そういうのをやらないスタイルになっていく。つまりアウトソーシングが進んでいくってことですね。

安田

なるほど。でも収入が減ったら生活できない。だからみんなどこかで働くことになる。

久野

Timee(タイミー)って知ってますか?

安田

知ってます。学生が作ったアプリですよね。

久野

はい。ああいうアプリを使って会社帰りに1時間だけ働くとか。今、登録者数が増えてるみたいです。

安田

どんな仕事が多いんですか?

久野

いわゆるギグワークみたいな感じ。1時間2時間、飲食店で働いてから帰るとか。

安田

ぜんぜん生産性は上がってませんね。

久野

そういう人と、自己投資に時間を使う人と、2通りに分かれていく。

安田

自由になった時間で「スキルを高めて報酬を増やそう」って人と、「その時間を売ってバイトで稼ごう」って人と。

久野

そういうことです。

安田

実際どっちが多いんですか。

久野

バイトまでして働く人は2割ぐらいですね。自分で副業を始める人が1割。自己投資してスキルアップする人も1割。残りは早く帰る「帰宅組」って感じです。

安田

帰宅組は、収入が減ったことに関しては「我慢する」ってことですか?生活レベルを下げて。

久野

「文句を言う」みたいな感じ(笑)

安田

文句を言っても何も変わらないじゃないですか(笑)

久野

現実的には外食を控えて、家でYouTube見ながらトレーニングして、楽しく過ごされるんじゃないでしょうか。

安田

ますますお金を使う人が減っていきますね。

久野

そうなってくると思います。

安田

国としては「空いた時間で何かしら生産的な活動が行われる」ってことを期待してるんですよね?

久野

そういう人が出てきてほしいと思ってる。

安田

これからの時代は、ひとつの会社に収入を頼るのって危険じゃないですか。

久野

そうですね。

安田

バイトするのもいいですけど、やはり時間を売って稼ぐのは限界がある。普通に考えたら生産性を高める方向に舵をきると思うんですけど。

久野

現実はそうなってないですね。

安田

なぜでしょう。

久野

会社の許可なく「勝手に副業してる」って相談はめちゃくちゃくるんですけど。

安田

それは経営者の方から。

久野

はい。社員が勝手に副業して困るみたいな。

安田

ということは、会社も望んでないってことですか。社員が自立することを。

久野

そこそこ優秀な社員に関しては「引き抜き」や「独立」のリスクを考えちゃいますから。給与もそんなに払ってないし。副業禁止にして縛っちゃえみたいな。

安田

それが本音だと。

久野

できない社員の「面倒を見なくちゃいけない」って縛りもありますし。

安田

そういう人たちの生活を支えてるのも中小企業ですからね。

久野

その反動が悪い方向に働いてると思う。じっさい、ほとんどの中小企業は副業禁止です。

安田

だけど残業も減らされて、定時で終わった後まで禁止しようがないですよ。

久野

本当にやりたいなら隠れてでもやればいいんです。禁止って本人にとっても楽なんですよ。

安田

我慢してる方が楽だと。

久野

我慢することに慣れちゃったんですよ。 失われた30年は長すぎました。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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