第112回 変わらないのは誰のせい?

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第112回「変わらないのは誰のせい?」


安田

群馬県の老人ホームで従業員が一斉に退職届を出した話、ご存知ですか?

久野

ニュースで見ました。

安田

人が足りてなくて「もっと入れて欲しい」という要望も聞いてもらえなくて。「やってられない」ってことで、一斉に辞めたそうです。

久野

介護系の会社ってものすごく労働環境がきつくて。集団退職は意外とあるんですよ。みんな知らないだけで。

安田

そうなんですか。

久野

結構多いです。あとは集団退職を武器に経営者と交渉するとか。

安田

会社側に言わせると「人員は十分足りてた」と。でも働いてる側は「足りてない」と言ってて。

久野

よくある話ですよね。

安田

はい。どんな会社でもよくある話。社員の言う通りに人を入れてたら、利益なんて出なくなります。

久野

難しいところです。

安田

老人ホームだったら最低何人とか決まってると思うんですけど。それを満たしてなかったってことですか。

久野

ギリギリ満たしてたかもしれない。でもこれって従業員の方の内部告発なんですよ。「こんな異常な状態でやってますよ」っていう。

安田

満たしてたら告発できないですよね?

久野

ほんとにギリギリだったんでしょうね。「私1人辞めたら人員基準満たさなくなりますよね」って。

安田

なるほど。

久野

たぶん会社と社員の間で、普段からいざこざが起きてたんだと思う。

安田

今回は内部告発と同時に全社員が退職届を出してます。こういう場合、退職金は出ないんですか。

久野

もともと中小企業は退職金がないところの方が多いんですよ。今回は自主退職なのでもちろん出ないでしょうね。

安田

なるほど。同時に全員が辞めるっていうのは、これは仕返し的な行動ですか。

久野

ひとつは仕返しですよね。何かしらの不満がたまりにたまって爆発した。もうひとつは「今のままでは施設が立ち行かない」という判断。それなら一斉に辞めようと。

安田

人がいなくなったことで入居者が強制的に移されたみたいです。会社側は賠償を考えてるそうで。

久野

はい。ニュースに出てましたね。

安田

退職届に関しても「受理していない」と言ってまして。そんなことできるんですか?

久野

辞職と言いまして、従業員には強制的に労働契約を終わらせる権利があるんです。

安田

「自由に辞める権利」があるってことですよね。

久野

辞職の意思を表示してから14日たてば辞められる権利がある。

安田

14日は辞めれないんですか。

久野

14日は辞めれないですね。

安田

その間は会社に行かないといけない?

久野

そうです。

安田

行かなかったら賠償ですか。

久野

いえ。そもそも従業員が来ないことに対して、会社は賠償請求する権利は一切ない。

安田

そうなんですか!それによって損害が出ても。

久野

そう。みんな「従業員に損害賠償請求したい」って言うんですけど。それはできません。

安田

どんな損害でも?

久野

たとえばある事業を何の不正もなく会社の指示通りやって、1億2億の負債が出ようが、従業員から1円たりとも損害賠償させるのは無理。

安田

それはそうでしょうね。たとえば「すごく大きな商談の日にドタキャンした」とかはどうですか。

久野

それも、やっぱり従業員からは取り立てられない。

安田

どこまでも労働者保護なんですね。

久野

基本的にはそうです。

安田

じゃあ「受理してない」とか言ったって、法律的には無理ってことですね。

久野

無理ですね。ただ受理しないことによって14日間は「人員基準を満たしてた」と主張することができる。

安田

なるほど。その14日間に他の人を連れてくればいいと。

久野

そうなんですけど。現実的に20数人辞めたら運営は無理ですよ。

安田

ですよね。なぜもっと早く手を打たなかったのか。ギリギリまでストレスをかけたら当然こうなるわけで。

久野

福祉サービスは国からもらえる報酬額が決まってるんですよ。だけど人件費は相場じゃないですか。

安田

安すぎたら誰も来ないですからね。

久野

そう。だから基本的に高いんですよ。深夜もやらなきゃいけないし。

安田

経営的にはギリギリだと。

久野

数字を合わせるのが凄くキツい。従業員にこれ以上高い給与は払えないし、人を増やすこともできない。

安田

ってことは、従業員たちの言う通りに人員を増やしても、経営は成り立たないってことですか。

久野

はい。今でギリギリ。下手したら利益も出ない。トントン。

安田

もはや経営してる人にメリットないですね。

久野

相当きついと思います。みんな参入したがるんですけど、なかなか利益が出ない。うちもすごく相談が多いです。

安田

つまりこの会社が悪いわけではないと。老人ホームや介護施設は仕組み的に無理だということですね。

久野

今より高い給与を払うとか、余裕があるように人を増やすっていうのは難しいです。

安田

じゃあ不満が爆発して辞めたけど、よそに行っても似たようなもんだと。

久野

似たようなもんでしょうね。保険に頼らないサービスとか、本当に工夫してるところに行かないと。

安田

そういう会社もあるんですか?

久野

いえ。ほとんどないです。けっきょく募集してる会社に行くしかない。

安田

積極採用してる会社は待遇いいんですか?

久野

いいえ。採用にコストをかければかけるほど、中の人の待遇はどんどん悪くなるので。

安田

完全に行き詰まってますね。

久野

定着率がいい職場は上司の人柄がいいとか、そんな感じですね。周りの人の優しさとか。コミュニケーションとか。

安田

「この人のために頑張ろう」「このチームのために頑張ろう」みたいな。

久野

そういう部分で成り立たせるしかない業界なんです。

安田

国としても、これ以上は報酬を増やしようがないですよね。

久野

そうなんです。しかも老人はどんどん増えていっちゃうし。

安田

どうしたらいいんですか。

久野

福祉ではなく、ビジネスとして合理的に考えるしかないです。

安田

たとえば?

久野

お金がある人に特化するとか。

安田

それだと業界の根本的な解決にはならないですけど。

久野

業界自体を変えるのは無理でしょうね。来る方も保険に頼りすぎというか。せめて3割、4割ぐらいは出すつもりで生きていかないと駄目ですよ。

安田

そうすればいいじゃないですか。

久野

無理でしょうね。それ言った瞬間に選挙で負けますから。

 

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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