第144回 プラチナ・チケットは何枚ある?

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第144回「プラチナ・チケットは何枚ある?」


安田

ジニ指数について教えて欲しいんですけど。金持ちと貧乏人の二極化を表した数字。

久野

ジニ係数ですね。

安田

それによると日本は「貧乏人と金持ちの差」がどんどん開いてるそうで。

久野

はい。その通りです。

安田

「1億総中流」だったのが「1億総下流」になってるイメージですけど。ジニ係数を見ると「より金持ちになってる人」もいて。

久野

いわゆる二極化ですね。

安田

一部の人がすごく搾取してるように見えるわけです。だけど久野さんは「搾取してるわけじゃなく、お金を稼いでる人は努力してるだけ」ってよく言いますよね。

久野

私はそう思ってます。

安田

ということはジニ係数自体が無意味ってことですか?

久野

間違ってるというより、ひとつの指標に過ぎないということです。それで全てが分かるわけじゃない。

安田

合っている部分もあると。

久野

トマ・ピケティさんは「資本で稼いだほうが労働よりも稼げる」と証明してます。

安田

同じ努力をしても、お金持ちの方が稼ぎやすいってことですね。

久野

投資したほうが労働よりお金を増やしやすい。つまり原則として貧富の差はついていくものだと。

安田

昔は会社員で裕福な人も多かったと思うんですけど。ジニ係数を見ても今ほど貧富の差がなかったし。

久野

数字的にはそうですね。

安田

その頃から労働者と資本家の間には差があったんでしょうか。

久野

元々あった差が「時間の経過とともに広がった」ということでしょう。

安田

できるべくして格差が出来たんだと。

久野

中間層が稼げなくなったというのは事実です。

安田

なぜ稼げなくなったんですか。

久野

経済のフェーズが変わったから。単純にものを大量につくるというビジネスで、つくれば売れる時代だったんです。

安田

なるほど。

久野

そこに対して能力がいらなかったわけで。企業の努力がそのまま給与に反映されるスタイルだった。ところが今は企業が儲けるのがむずかしくなってきた。

安田

ものが溢れてきたから?

久野

そう。すると「人件費が安い海外の人を使おう」って話になってくる。それでまず会社の中で大きな格差が生まれた。

安田

単純労働の人の給料がまず下がったと。

久野

そこに非正規が増えたってことがいちばん大きいです。

安田

やっぱり非正規が増えたことが原因ですか。

久野

日本は人事制度を不利益に変更しにくいんです。だけど企業としては成長が止まっちゃってるので、人件費を抑制しなくちゃいけない。

安田

そうですよね。

久野

となると「いまいる人の給料は下げれないけど、将来の昇給を下げよう」という選択になってくる。

安田

より安い人を雇うってことですね。

久野

あるいは新卒で採用しても昇給しにくくしてる。

安田

上げたものは下げれませんから。

久野

結果的に「本当は上がってたはずの人」も上がらずにきちゃった。

安田

「非正規は稼げない」って言いますけど、私のまわりのフリーランスは稼いでますよ。

久野

はい。稼いでるフリーランスもたくさんいます。

安田

非正規が増えたから稼げないわけじゃなく、単に企業が人件費を抑えてるだけでしょう。

久野

その通りです。

安田

会社員って時間を売る仕事じゃないですか。非正規も「ただ単に言われたことをやってる人」は、自分の時間を売ってるだけなんですよ。

久野

そうですね。

安田

経営者って、人の時間を仕入れてお金に換えるのが仕事ですよね。

久野

はい。

安田

当然のことながら、安く仕入れたほうが利益につながるわけで。より安い仕入れを考えるのは当然だと思うんですよ。

久野

能力が同じならそうなってしまいます。

安田

なんの工夫もせず自分の時間を売れば、安く買い叩かれるに決まってる。

久野

海外ではそれが当たり前です。工夫して自分の価値を上げた人だけが稼いでいく。

安田

なぜ日本人はそうならないんでしょう。みんなもっと稼ぎたいはずなのに。

久野

あまり触れちゃいけないんですけど、解雇の問題が大きいです。「いたらお金がもらえる」という仕組みなので。

安田

やっぱりそこに行き着きますか。

久野

仕事ができなくてもクビにされない。「時間だけ提供しときゃいいや」って話になる。

安田

ガマンの代償が給料だと思ってる会社員は多いですよ。

久野

従業員からしたら、そのほうがコスパがいいんです。わざわざ工夫して「明日、会社にいい8時間を提供しよう」とか思わない。

安田

クビにならない代わりに給料も増えませんけど。

久野

そうですね。

安田

解雇規制って社員が得してるように見えて、じつは給料が増えない最大の要因ですよ。

久野

それが全てではないですけど、かなりあると思います。「出来るかどうかわからないけど、高給で雇ってみる」なんてことは、もう日本では起こり得ない。

安田

期待値では払えないと。

久野

だから新卒入社の人たちは22・3万をなかなか超えられない。

安田

どうやったら超えられるんですか。

久野

「月30万ください。その代わり結果が出なければ2か月でクビにしてもらって構いません」と言えば、30万払う人が出てくる。

安田

それは、もはや正社員ではないです(笑)

久野

はい。こういうチャレンジは日本の労働法では出来ないんです。

安田

30万で正規雇用しちゃうと、そこから下げられなくなっちゃいますもんね。

久野

怖くてやれないです。

安田

「もっと正規雇用を増やせ」とか言うじゃないですか。正規になることがゴールみたいにみんな思ってる。

久野

ですね。

安田

だけど「正規で雇うんだったら報酬は安く」と企業が考えるのは当たり前で。

久野

それが現実ですね。じっさい正規雇用でもそんなにもらってないですから。

安田

一部の大企業の正社員がもらってるだけで。

久野

大企業も全員もらえるわけじゃない。熾烈な争いに勝ち残った人だけがプラチナチケットを手に入れるわけです。

安田

「正規雇用=プラチナチケット」みたいに見えちゃってますけど。

久野

大きな間違いですね。

安田

つまり貧富の差というのは、金持ちの搾取が原因じゃなく、働く人の努力が足りないってことですか?

久野

そうだと思います。努力しなくてもなんとかなる環境が長すぎた。

安田

正社員になるだけで収入を増やそうなんて間違ってますよね。

久野

そんな時代はもうとっくに終わってます。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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