第183回 入口を変えるしかない

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第183回「入口を変えるしかない」


安田

酒造メーカーの獺祭さんが初任給をアップしたそうです。なんと21万円を30万円に。9万円アップ。

久野

凄いですよね。

安田

これはやっぱり人材獲得競争の一環だと思うんですけど。

久野

そうでしょうね。

安田

でも初任給を上げると他の社員も上げないわけにいかないですよね。

久野

はい。だから、かなり思い切った戦略です。普通は怖くてできない。

安田

優秀な人が集まってくれば「元は取れる」ってことですかね。

久野

会社には寿命がありまして。いい人材が来ればその寿命が長くなるわけです。

安田

寿命?

久野

高い収益をいかに長く維持できるか。そのために必要な人材を採る。そういう観点では普通のことをやってるだけなんですけど。

安田

でもいきなり9万円なんて。こんな会社ありませんよ。

久野

多くの会社は「だらだら長く続けることができる」と思ってるんです。

安田

何を根拠に続くと思えるんでしょう。

久野

人を「なるべく安く雇うこと」で続けていけると考えてます。

安田

獺祭とは正反対の考え方ですね。

久野

私は獺祭さんの考え方が正しいと思います。

安田

安く雇って「たくさん貢献してもらう」という時代は終わりですか。

久野

もう終わってると思います。

安田

獺祭さんは全社員の給料を5年で2倍にすると言ってまして。ちょうど10年前に私も社員の給料を2倍にして会社が潰れたんですけど。

久野

安田さんは、やっぱり時代の最先端を行ってましたね(笑)

安田

人ごとだと思えなくて(笑)大丈夫なのかなって思っちゃいます。

久野

時代も変わりましたから。

安田

給料が2倍になったら、もちろん一生懸命頑張ってくれるんです。だけどパフォーマンスが2倍になるわけではない。

久野

でしょうね。

安田

そこが失敗の大きな要因だったと思うんです。私は初任給を2倍にしたわけではありませんけど。

久野

入口でまず優秀な人を採ってきて、その刺激で中も上げていこうという考えでしょうね。

安田

でも初任給30万とはいえ、酒蔵にそんな優秀な人材がくるんですかね。

久野

どこがいい会社か、基本的に学生には分からないじゃないですか。

安田

将来どうなるかなんて誰にも分からないです。

久野

でも給与が高い会社っていうのは、まず目を引く。そこで興味を持ってもらって会えるだけでも、大きなインパクトがありますよ。

安田

今まで採れなかったレベルの人材が採れる可能性もあると。

久野

あるし、優秀な人の定着率も上がると思います。

安田

新卒30万円は確かに破格ですけど。中途採用だったら、そんなにインパクトはないですよね。

久野

だから、その他の社員も倍にしていくわけですよ。

安田

すごい決意ですよね。

久野

それしか方法がないという結論じゃないですか。

安田

やっぱり素材が重要ってことですか。教育だけでは駄目だっていう。

久野

採用の失敗は、教育では取り返せないと思います。

安田

最近よくそうおっしゃってますよね。

久野

教育して伸びるかどうかも、もう採用の時点で決まってるんじゃないですか。安田さんもそう言ってましたよね。

安田

それは間違いなく決まってると思います。問題は伸びる人をどうやって見抜くのか。

久野

伸びない人って、そもそも伸びる気がないんですよ。

安田

物事の捉え方がポジティブかどうか。他責で捉えるか自責で捉えるか。この価値観は小学生ぐらいで決まっちゃうらしいです。

久野

そうなんですか。

安田

はい。自責で物事を捉えられる人は日本人の2割しかないそうです。いかにそれを見抜くかが大事。

久野

変な退職の仕方をする人って、やっぱり他責の人が多いです。

安田

そういうイメージですよね。

久野

でも2割って考えると、やっぱり採用が大事ですよ。初任給30万って戦略的には正しいんじゃないですか。

安田

でもそれをベースにすると他の社員も上げないといけない。

久野

もちろん。

安田

普通に考えたら人件費で利益が飛んじゃいますよ。いかに獺祭さんが儲かっているとはいえ。

久野

それ以上に業績が伸びるってことでしょう。

安田

どうなるんでしょうね。他人事とは思えないので注目してるんですけど。

久野

日本では賞与はわりと自由度が高くて、下げやすいんです。

安田

でも獺祭さんは基本給を上げるみたいです。

久野

いい会社は賞与をちゃんと4〜6カ月払ってる。だから基本給を賞与で吸収できちゃう。

安田

その分賞与を減らしていくってことですか。

久野

そういう考えも、ちょっとはあるんだろうなと思います。基本給2倍とは書いてますけど、年収2倍にするとは書いてないので。

安田

基本給って上げた瞬間はすごく喜ぶんですよ。ところが1年、2年経つうちに、自分のスキルはこれぐらいの価値なんだって勘違いしちゃう。

久野

人間は慣れていきますから。やっぱりちゃんと評価して、減らす制度をつくった方がいい。

安田

ただ上げるだけじゃなくて、下げることも同時にするってことですね。

久野

それは必須でしょうね。

安田

それって不利益変更にならないんですか。

久野

しっかり評価制度をつくっておけば問題ないです。客観的に評価して上げ下げする分には。極端にやり過ぎると法律に触れる可能性はありますけど。

安田

つまり極端には下げれないってことですよね。

久野

そうです。極端にやるとダメージが大きいので。まずは「もらってる給与分も働いてない」ってことを、認識させることが大事。

安田

そこが難しいんですよ。「給与分は働いてる」とほとんどの人は思ってますから。

久野

あの手この手でそうならないように考えないと。人間は慣れちゃいますから。

安田

もちろん会社側の工夫も必要なんですけど。働いてる側の意識というか、それが伴ってないと変えようがない気もします。

久野

それはありますね。

安田

給料の2倍も3倍も働くのは「損だ」と思う人もたくさんいます。

久野

確かに。

安田

その気持ちも分からないでもないし。

久野

自分自身のためなんですけどね。

安田

だけどそれを会社が言っちゃうとブラックになるので。

久野

やっぱり採用を変えるしかないでしょうね。入り口から変えていくしかない。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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