第210回 初任給30万円時代の到来

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第210回「初任給30万円時代の到来」


安田

ファーストリテイリングの賃上げ、すごいですよね。

久野

すごいですよ。

安田

アパレル業界の経営者はみんなびびっているそうです。いい人がどんどんユニクロに流れちゃうんじゃないかと。

久野

いいことだと思います。

安田

40%ぐらい上がるという話で。新卒の初任給がなんと30万になる。

久野

もともとアパレルの中でユニクロは高い方だったんです。もうこれで他の会社と圧倒的な差がついてしまいました。

安田

久野さんから見るとどうなんですか?このUNIQLOの一手は。

久野

すごいの一言ですよ。そもそも若い労働者は希少なのに日本企業は安く雇いすぎ。

安田

今までが安すぎたと。

久野

終身雇用はもう終わってるのに、終わってないかのように安く買い叩いて。

安田

もう終わってるんですか?終身雇用。

久野

定年まで給料が増え続けるなんて、もう幻想ですよ。50代にピークが来る設定も行き詰まってますし。

安田

給料が高い50代はリストラ対象ですもんね。

久野

それがもう若い人にも分かっていて。たぶんユニクロみたいな会社に優秀な人が集中していきますよ。

安田

初任給が高い会社ってことですか。

久野

初任給を含め給料が高い会社。ユニクロはグローバル企業なので、今の給与体系では優秀な外国人は採れないという判断でしょう。

安田

世界標準に合わせたってことですか。

久野

そうです。世界標準でいい人材が採れるように高くした。

安田

でも日本は解雇できないじゃないですか。実質的に終身雇用が続いてますよ。

久野

雇用は維持されても給料は右肩上がりじゃない。終身雇用の定義は「60まで雇う」ということではなく「我慢すれば将来の給与が増える」ってことなんです。

安田

それが終身雇用ですか。

久野

その暗黙の了解があることが日本版終身雇用。それがもうなくなってる。

安田

若いうちは安く抑えてるのに、歳をとった後も増えないと。

久野

そうです。後半が増えないのになぜか若い人は安く使える。だけどもう限界だよねってことで、「実力に見合った給与体系にしてく」というメッセージだと思う。

安田

ユニクロがやってることは、すごく真っ当だと。

久野

そう思います。

安田

そもそも若いときに我慢して「年とってからもらう」っていびつですよね。

久野

部活の球拾いみたいな。1年生の間はとにかく我慢して下積みとか。

安田

意味ないですよね。

久野

意味ない。僕は我慢しましたけど安田さんは我慢できなかった(笑)

安田

はい(笑)卓球部で「球拾いが終わったら来ます」って言ったら、先輩に殴られました。「球拾いで、どうやってうまくなるんですか」って聞いたら、また殴られた。

久野

今はその質問に「ちゃんと答えなきゃいけない」ってことですよ。

安田

素質があれば特別扱いして、すぐに試合にも出られたり。

久野

そうしないと優秀な人が来なくなります。

安田

でも30万の初任給はすごいですよね。

久野

ユニクロは元々利益も出てますし、ここから値上げしていくみたいです。

安田

値上げすると顧客が離れると言われてますけど。

久野

ユニクロは付加価値が高いので。値上げしても売れる自信があるんでしょうね。大手にこれをやられると中小アパレルは大変だと思います。

安田

同業者にとったら迷惑極まりない(笑)

久野

そう思います。うちの田舎(多治見)にAmazonが来たんですけど。Amazonって時給が高いんです。その影響で周りの時給上がっていきました。

安田

これを機に他の会社も上げざるを得なくなる?

久野

ユニクロみたいな会社がやると、日本全体に影響が出ます。

安田

日本全国に店舗があるし。日本人はみんなユニクロ着てるし。

久野

恐ろしいですよ。Googleが給与高いって聞いても、ちょっと別世界の話って感じじゃないですか。

安田

確かに。ユニクロはすごく身近ですよね。パートさんもいっぱいいるし。

久野

おそらくパートは減らしていくと思います。無人レジも革新的ですから。

安田

省人化できるところは省人化して、人が必要なところは能力の高い人を引っ張ってくると。

久野

はい。すごく的を得た戦略です。

安田

経営者の意見は二極化してるみたいですよ。「自社も上げなくちゃ」という意見と「上げようがないぞ」という意見と。

久野

上げざるを得なくなると思います。最低賃金も5%近く上がると思うし、政治的な圧力もありますし。

安田

これから全ての企業が賃上げせざるを得なくなると。

久野

はい。だけど上げた分を価格に転嫁できない会社はつぶれる。ここが勝負の分かれ道じゃないですか。ここ1年ぐらいで。

安田

この1年で?

久野

法律で最低賃金を上げるのは時間がかかるんです。けど今回のユニクロでそのスピードが早まりました。

安田

岸田さんがいくらお願いして「必ず給料を上げさせます」とか言っても、そんな権利ないですもんね。

久野

そうなんですよ。だけどユニクロのように大きな会社が40%も上げると、めちゃくちゃインパクトがあります。

安田

しかもいきなり初任給30万ですからね。

久野

追随する企業がどんどん出てきて、あっという間に20万円がめちゃくちゃ安く感じますよ。

安田

なんと。

久野

新卒採用も「30万からスタートです」みたいな。他社が追いつくのに何年かかるんだろう。

安田

失われた20年がなければ、それぐらいにはなってたはずですもんね。

久野

毎年5000円上がってれば10万円ですから。

安田

20年前と初任給が変わらないって、考えてみたら異常ですよね。

久野

私が社会人になった時と変わってないですもん。

安田

30万ってすごく高く感じるけど、感覚が遅れちゃってるだけだと。

久野

柳井さんは世界を見てるから。柳井さんの感覚では普通なんじゃないですか。

安田

他社は本当に追随しますか?

久野

力のある大手と、力のある中堅企業が追随するでしょうね。ガンガンやると思う。

安田

上げないで済まそうという企業はどうなりますか。

久野

確実に優秀な人がいなくなっていくでしょう。

安田

初任給で10万も差があったら勝負にならないですね。でもビジネスとして成り立つんですかね。

久野

成り立つから恐ろしいんですよ。もともと付加価値の高いビジネスなので。

安田

逆に言うと、そういう会社じゃないと残れない?

久野

稼げるモデルじゃないと「人を使っちゃいけない時代」になる、ということです。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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