第223回 ありがとうの順番

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第223回「ありがとうの順番」


安田

第一観光バスという会社がカスハラに対するメッセージを出しました。

久野

秋田のバス運行会社さんですよね。カスタマーハラスメントは深刻でして。放置しておくと本当に人が採れなくなります。

安田

「お客さんと社員は対等です」という広告を出して。わざわざ広告までするのは、やっぱり社内向けの意味もあるんでしょうか。

久野

社員を守るという姿勢を示したんでしょうね。運転手さんを集めるのって大変ですから。

安田

「お客さまは神様だ」って思ってる客が多いですよ。

久野

そういうのって日本ぐらいで。海外では人の需要供給によってサービスレベルも変わります。

安田

どういう意味ですか?

久野

たとえばバスの乗客が払う料金って数百円じゃないですか。

安田

はい。

久野

社員1人で何百人という顧客を乗せるわけで。言い方が悪いですけど、普通に天秤にかければ社員の方が大事ですよ。

安田

社員を採用するコストの方が高いですからね。

久野

そうなんです。利用する側もそこを考えないと。客は偉いんだとか勘違いし過ぎ。

安田

タクシーを利用した客がお金を持ってなくて、自宅に取りに行ったら「金なんて払えるか」って言われたそうです。どんな神経をしているのか。

久野

どこの会社もそうですけど、ハラスメント顧客によって社員が辞めると莫大な損害を被るんですよ。

安田

電車が事故で止まると、運転手や駅員がひどい目に合うらしいです。へたしたら暴力を振るわれたり。

久野

海外だったら殴り返されますよ(笑)

安田

日本の交通網ってほぼ遅れなく運行していて。これで怒られるって。

久野

海外だったら時間前に出発したとか、普通ですもん。料金を考えたらそんなもんですよ。日本のサービスは過剰すぎるんです。

安田

それに慣れちゃってるから。ちょっと遅れただけで駅員や運転手さんに詰め寄って。

久野

海外だったらブラックリストですね。「二度と乗るな」とか言われて。

安田

「お客さまは神様だ」って現場に定着してますから。

久野

意識の上で「お客さまからお金をもらってる」と思うのは、すごく大事なんです。だけどある一線を超えたら違うだろうと。

安田

その一線はどこにあるんですか?

久野

払った金額以上にサービスを受けるのが当たり前と思っちゃいけない。サービスを受けた以上の対価を払うのが当たり前なんです。そこを全員が理解しなきゃいけない。

安田

そもそもお金を払う人が偉いのかっていう。物やサービスとお金を交換してるだけじゃないですか。どっちが偉いわけでもなく。

久野

むしろサービスを受けてる側ですからね。

安田

アメリカに行って驚いたのはそこでした。買った側やサービスを受けた側が「Thank you」って言うんですよ。お店の人もそれが当たり前になっていて。

久野

言ったら怒られますけど、たかが数百円でサービスまで要求するって。

安田

コンビニで店員に謝罪させる人とか。「どこにそんなサービス料が入ってるんだ」って聞いてみたい。

久野

日本人はコンビニで「ありがとう」を言わないですから。

安田

久野さんはコンビニで「ありがとう」って言うんですか。

久野

僕は言いますし、子どもにもそういう教育はしてますね。安田さんは言わないんですか?

安田

言います。あんな金額で袋にまで詰めてもらって。申し訳ないと思っちゃいますよ。

久野

熱いのと冷たいのに分けてくれたり。ああいうのにもサービス料を付けたらいいんです。

安田

タクシーに乗る人も、トランクに重い荷物を入れてもらって「当然でしょ」みたいな顔してるじゃないですか。

久野

海外だったら絶対にチップをせがまれますね。

安田

スーパーで前に並んでた若いマダムみたいな人が、ビニール袋がなかなか開けられなくて。レジの人に投げ返して「開けて!」とか言うんですよ。

久野

すごいですね(笑)

安田

レジの人も「すみませんでした」って謝ったりして。「あ、このレジの人辞めちゃうかもしれないな」とか心配しちゃいました。

久野

日本人は現場でサービスしてる人が我慢強いですよ。絶対にキレたりしないし。

安田

その場ではキレないけど辞めちゃいます。

久野

そうなんです。会社を辞めるんだけどお客さんに対してはキレない。そこがすごいと思います。海外だとお客さんに対しても平気でキレますもん。

安田

お客さんに怒鳴り返すなんて絶対駄目という常識があります。社会人の常識というか。

久野

でもそこを変えていかないと。もう現場で人が採れないですよ。

安田

このバス会社さんみたいなところが増えていくんでしょうね。「お客様は神様ではありません」って広告出して。

久野

そりゃそうでしょう。だって違和感ありますもん。「お客さまは神様です」って。

安田

偏見かもしれませんが、安い店の客ほど偉そうなイメージがあります。

久野

私もそう思います。だって本当にお金を持ってる人って、そんなことしないですもん。

安田

ですよね。

久野

日本のドラマや映画ではお金持ちって悪い人が多くて。性格も悪く描かれるじゃないですか。

安田

すごい刷り込みですよね。

久野

余裕がある人って性格もいいですよ。実際には。

安田

それでは映画にならないんでしょうね。

久野

現実にはあんまりお金を払わない人の方がうるさくて。余裕がある人の方がちゃんとしてます。

安田

自分が仕事をする側になったら同じ苦労をするはずなのに。

久野

そういう鬱憤が溜まってるんじゃないですか。

安田

現場で嫌な思いをしたので、自分が客になった時にやり返すみたいな。負の連鎖ですか。

久野

そうだと思います。やってることも矛盾してるし。自分は高い給与をもらいたいのに、買う時には安くしてほしいとか。

安田

この連鎖を断ち切るにはどうしたらいいんでしょう。

久野

やっぱり「払うが先」「お礼を言うのが先」っていうのを学ばないと。小さいころに習ったはずなんですけど。

安田

まず自分がお礼を言う。そうすると巡り巡って自分もお客さんに「ありがとう」と言われる。仕事が楽しくなると。

久野

それが理想ですよね。だからバス会社さんみたいな広告になるんですよ。「お客さんがちゃんとしてくれたら、私たちもちゃんと仕事します」って。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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