人材投資と人材浪費

人、物、金、それは言うまでもなく、
経営の三大要素と呼ばれるものだ。
この中で更に順位を付けるとしたら、何を一番に選ぶのか。
中小企業の経営者にこの質問をすると、
八割を超える社長たちが「もちろん人だ」と即答する。

商品力や資金力は、
言うまでもなく経営に直結する重要な要素だ。
にもかかわらず、多くの経営者は人と答える。
企業は人なり、という昔ながらの常識もさることながら、
そこにはもっと切実な理由があるのだ。

第一に、商品力だけで他社と差別化出来るほどの、
明確な違いを打ち出せないから。
第二に、圧倒的な差をつけるほどの資金力を、
多くの中小企業は持ち合わせていないから。
だから中小企業は人で差別化を図るしかない。
当然のことながら、社員にもその役割を求める。
「商品ではなく、自分を売り込め」
「モノではなく、コトを提案しろ」
それがここ数年の、社長たちの口癖となっている。

商品そのものでの差別化は難しい。
価格競争にも限界がある。
これからは、社員一人ひとりの力で、
商品に付加価値を付けるしかない。
社長たちの主張はもっともである。
これから先、小さな会社が生き残るには、
人で選ばれるしかない。

だが不思議なことに、
その戦略にもっとも消極的な人間もまた、
社長その人なのである。
多くの(それもかなり多くの)中小企業の社長たちが、
ほとんど採用に力を入れていない。
人が足りない、人が大事だ、と口では言っているのだが、
まったく行動が伴っていないのだ。

まず採用にお金をかけない。
ハローワークや紹介で、お金をかけずに採用する。
あるいは、必要最低限の採用コストで、
必要最低限の人数だけ集める。
それが、ムダな出費を抑える正しい経営だと、
信じ込んでいるのである。
確かに、ムダな出費は抑えたほうがいい。
だが彼らは、一番ムダな出費を見落としてしまっている。

中小企業が使い続けている最大のムダな経費。
それは、人件費である。
本来、企業にとって人件費とは、投資であるはずだ。
値上がりしていく株に投資するように、
能力を伸ばし続ける人材に投資する。
給料を遥かに超える成果を出してくれる人材は、
企業にとっての大きな資産である。

反対に、給料分の成果しか出せない、
あるいはそれすら出せない、という人材もいる。
まさに企業にとっての負債だ。
それはもう、人材投資ではなく、人材浪費。
成果主義だと言われているが、
出来る人材の給料はまだまだ安い。
そして、出来ない人材の給料は、決して安くない。
投資に値する人材が何人いるのか。
浪費に値する人材が何人いるのか。
それはそのまま、企業の業績へと直結するのである。

なぜ給料ではなく、採用に投資をしないのか。
採用コストなど、人件費に比べれば些細なものである。
株に投資する、土地に投資する、事業に投資する。
その場合、どの株を買うか、どの土地を買うか、
どの事業に投資するかが、全てである。
なぜ人材だけ、採った後に何とかしようとするのだろうか。
私にはこれが、どうしても理解出来ないのである。


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