第56回「フリーランスは誰のため?」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第56回「フリーランスは誰のため?」

安田

年収850万円以上の会社員と公務員が増税になり、フリーランスと自由業者の大半が減税になるという話。

久野

そういう方向ですね。

安田

これってどういう意図なんですか?

久野

政策意図としては「フリーランスを増やしたい」っていうのが見えますね

安田

増やしたいんですか?フリーランスや自由業者を。

久野

増やしたいですね。

安田

でも一方で会社から出さないように、どんどん定年を延ばしてるじゃないですか。やってることがめちゃくちゃなんですけど。

久野

めちゃくちゃですよね。みんなもう無理だって言ってんのに、定年を伸ばし続けて。

安田

70歳まではいくでしょう。でも70まで雇用し続けるっていうのは、どう考えても無理。企業にはそんな余裕ないです。

久野

だから同時に副業も増やそうとしてる。ライオンも「会社が副業先を斡旋する」ってことをやり始めました。

安田

副業斡旋ですか。

久野

副業すれば二重で所得が発生するじゃないですか。だから企業の負担も減る。

安田

だから国としては副業を増やしたいと?

久野

そうです。まず副業を増やす。いきなりフリーランスってのは難しいので。

安田

まあ難しいですよね。自分で稼いだことがない人たちなので。

久野

はい。雇われて「毎月決まった給料をもらう」という経験しかないから。

安田

じゃあ、副業をやって個人の収入が増えるんだったら、国としてはサポートしたいってことですか。

久野

ただフリーランスになるにあたって「社会保険の壁」って結構大きいんですよ。

安田

社会保険の壁?

久野

雇用だからこそ受けられる社会保険のメリット。

安田

企業が半分払ってくれますからね、会社員は。かなり大きな負担ですけど社員は当たり前だと思ってる。

久野

そうなんです。で、日本の社会保険って、死んだときの保険の手厚さが先進国でもずば抜けてるんですよ。

安田

私なんか1人で株式会社やってますから。自分で払わないとけないわ、会社でも払わないといけないわで、倍払わないといけないんです。

久野

それでも労災で死んだときの補償って、生命保険では賄えないぐらいすごいんですよ。

安田

へー。そうなんですか。

久野

そうです。じつは厚生年金の正式名称って「厚生年金保険」なんですよ。要は年金じゃなくて保険。

安田

何かあったときの保険ってことですか。

久野

そう。死亡保障とか障害補償がめちゃめちゃ厚いんです。

安田

じゃあ死んだら出るんですか?私にも。

久野

仕事外、仕事中にかかわらず亡くなったら遺族年金が出るんですよ。これだけで、まぁまぁ家族はなんとかやってけるぐらい。

安田

仕事中の場合は労災認定されたら出ると?

久野

その通りです。

安田

あれ、ちょっと不思議だったんですけど。なぜ会社は労災認定を嫌がるんですか?別に痛くもかゆくもないと思うんですけど。保険がおりるので。

久野

例えば心臓疾患などで亡くなり、それが長時間労働や会社での心理的なストレスで労災認定されると労災保険から出るんですけど、人の命ってもうちょっと重いじゃないですか。そうなると会社は損害賠償をする必要がでてきます。

安田

なるほど。だから認めたがらない。

久野

そう。会社が明らかに悪いと認められる労災以外は認めたくないっていう構造なんです。

安田

認められないと出ないんですか?

久野

出ないですね。

安田

仕事中でなくてもでるものもあるんですか?

久野

「遺族基礎年金、遺族厚生年金」に関しては、仕事中、仕事外でも出ます。

安田

それは「ただの飲みすぎ」で死んでも出るんですか。

久野

出ます。

安田

それはすごいですね。

久野

遺族年金には遺族基礎年金と遺族厚生年金というのがあるんですが、フリーランスになると遺族厚生年金はでません。この金額がわりと大きいんですよ。

安田

なるほど。それが「社会保険の壁」ですね。

久野

そうです。もちろんフリーランスになるメリットもありますけど。

安田

たとえば?

久野

たとえば自分の考えで経費が使えるようになること。

安田

まあ使い放題ですよね。

久野

そこまでは言ってないです(笑)。でも税務のメリットは確かに大きいし、自由に働けるし、たくさんいいことはある。

安田

基本的に中小企業の社長さんとか、みんなそうじゃないですか。経費使い放題。

久野

・・・・私は何も言えません(笑)

安田

でもそれを前提に税制ってできてるんでしょ?

久野

まあそうですね。とにかく国としては、フリーランスまで行かなくても0と1の中の間を体感させたいんだと思います。

安田

そのほうが「国民の所得が増える」と考えてる?

久野

考えてると思います。

安田

だったら70歳まで雇用を保障する必要はないんじゃないですか。

久野

一定数は「どうしても変われない人」っているので。

安田

なるほど。ちなみに「年収850万以上の増税」って、フリーランスを増やしたいだけじゃなく「稼いでる人からもっと取ろう」っていうふうに見えるんですけど。

久野

要は選挙だと思うんですよ。

安田

選挙?

久野

高額所得者に払わせると税制効果が高い。でも対象となる数は少ない。そうすると選挙の票は変わらないんだけど税金が多く取れる。

安田

そんなことまで考えてますか?

久野

間違いなく考えてます。選挙に影響しないギリギリの分岐点を経済学的に設定してやってる。それが850万円だと思います。

安田

薄く広く取るより、お金を稼いでる人から集めたほうが票は減らないと。

久野

票は減らないし、さらに下のほうの納得感が出る。

安田

でも会社員で850万って微妙な金額ですよ。社会保険も上がって、手取りも決して高くないし。そんなに取られてやっていけんのかっていう。

久野

言い方が悪いですけど、日本人って税金に対してそんなに敏感じゃないんですよ。所得税がどれぐらいかとか、あんま分かってない。

安田

「なんか手取りが少ないな」ぐらいにしか思ってないですよね。やっぱサラリーマンだからですよ、天引きされてるから。

久野

源泉徴収ってすごいシステムなんです。このデジタルの時代に会社がわざわざ集めて納税するんですから。

安田

確かに。もう税収マシーンと化してますよね、会社は。

久野

これ以上確実な税の徴収方法はないですから。

安田

でもフリーランスが増えたら、源泉徴収できる対象は減っちゃいますけど。

久野

背に腹は変えられないんですよ。個人の収入を増やさないと、もはや国家が成り立たないから。



久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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