第86回「忠誠心はどこに行った?」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第86回「忠誠心はどこに行った?」


安田

久野さんは「会社が社員教育すること」について、どう思います?

久野

ぶっちゃけ言うと、会社がやること多すぎだなとは思いますね。新卒の子を見てても「どういう教育制度があるんですか」って、めちゃくちゃ聞いてくるじゃないですか。

安田

ですよね。今後はどうなると思いますか?「即戦力しか採らないぞ」ってことになるのか。それとも「教育するのは会社の務めだ」という考えが続くのか。

久野

そもそも「新聞も読まずに知識商売やられても」みたいなところがあって。そんなのまでいちいち教えてたら会社が成り立つわけない。

安田

とは言え新卒はゼロからの教育ですし、中途にしたって業界未経験者なら教えることだらけですよ。

久野
ですよね。本来、教育は「会社がやるべきもんじゃない」と私は思ってます。
安田
使えるようになってから来いと。
久野

その分高く払わなきゃいけない時代が来るんだろうなと思う。今はちょっと中途半端ですね。

安田
もう「企業が育てる」という時代は終わりますか?
久野

終わるでしょうね。でないと海外の企業に勝てなくなります。

安田

そうですよね。久野さんは、お客さんに「社員教育って会社がやるべきなの?」って聞かれたら、何て答えるんですか。

久野

「どっちか決めなきゃいけない」と答えます。安く採って育てるか、高いけど育った人を採るか。最悪なのは「高いのに教えなきゃいけない」って人。腹が立ちます。

安田

(笑)教えなきゃいけない人を、なぜ高く採るんですか?

久野

見る目がないからじゃないですかね(笑)

安田
なるほど。じゃあ就職した側が上手だってことですね。できそうに見せるのが上手い。
久野
はい。就職上手ですね。
安田

大してスキルないのに「売り込むのだけはうまい人」っていますから。

久野

日本の雇用制度が一番の問題点だと思うんですけど。海外ってジョブ型だから職務経歴書が出てくるじゃないですか。

安田
日本でも職務経歴書はありますけど。
久野

海外の職務経歴書ってあんないい加減じゃないと思う。「どこの会社にいたか」ではなく「何の仕事をしてきたか」がもっと具体的に書いてあるはず。

安田

そりゃそうですよね。

久野

日本で「前職・総務部長」って書いてあると、総務関係は大体できるなと思って採るじゃないですか。でも何もできないですもんね。

安田

「経験者採用あるある」ですね(笑)

久野

要は「何やってたか分かんない」ってのが、日本の採用現場。大企業から来た人を採っても使えないし。

安田

前職では役に立つことを「何もやってこなかった」ってことですか。

久野

何かやってたとは思うんですけど。会社が求めることって、それぞれ違うじゃないですか。同じような業種から引っ張ってきたとしても、使えないんですよ。

安田

それはどうして?

久野

なぜかと言うと、部署によって「まったくやり方が違う」ってことが、日本企業の中では当たり前のように起きてるから。

安田

チームでプロジェクトをやってた人も、履歴書ではスキルがわからないですよね。参加してただけで「ほとんど何もやってない」って人もいますから。

久野

はい。主要メンバーだったかどうかなんて、分からないです。

安田

プロジェクトの責任者が実は「名ばかりで何もやってない」ってこともあります。でも履歴書には「プロジェクト責任者として動かしてきた」って書きますから。

久野
そうなんですよ。
安田

まあ、そこは海外でも同じかもしれませんけど。

久野

海外では「経歴書に書いてあること」ができないと、すぐクビになります。

安田

なるほど。日本の場合は「入っちゃえば大丈夫」って感じですからね。大学と同じで。

久野

はい。だから学歴や職務経歴書を見ても、本人のスキルなんてまったく分からないんですよ。

安田

社員教育って企業にしてみたら先行投資ですよね。

久野

はい。

安田

やらざるを得ない企業もあるので、「ある程度回収するまでは辞めれない」ってこととセットにしてあげないと。でないと会社がもたなくなると思います。

久野

育った頃に辞められてばかりだともたないです。

安田

日本の場合は「解雇はできないけど、辞めるのは自由」ってことじゃないですか。

久野

はい。そういう法律です。

安田

契約で縛るってのは無理なんですか?会社が責任を持って教育する代わりに「その後5年は絶対に辞めれません」みたいな。

久野

それはできないんですよ。だからきついんです日本企業って。

安田

業務委託であれば「この仕事を何年やります」って契約して、途中で投げ出しちゃったら違約金とか発生するわけじゃないですか。

久野
ですね。
安田

社員って、ちょっと守られすぎじゃないですか。

久野

守られすぎですね。

安田

仕事ができなくても解雇できないし、辞めるのも自由って。無茶苦茶ですよ。

久野

「明日から来ない権利」みたいのがありますから。

安田

終身雇用とか年功序列とか、会社が社員を守るのが「日本の良き文化」みたいに言われることもありますけど。

久野
昔はそうだったんでしょうね。
安田

昔はもっと信頼関係があったんでしょうね。育ててもらった恩を感じて「この会社に人生捧げます」ってのとセットだった。

久野

じゃないと成立しないですから。

安田

でも今や日本の会社員の8割は会社が嫌いなんですよね?

久野

いろんな会社を見てますけど、正直「会社めっちゃ好き」っていう社員はすごく珍しいです。会うと感動します(笑)

安田

確かに少ないですね。嫌いっていうよりドライに割り切ってる感じですけど。

久野
そうですね。
安田

そうやって社員がドライに割り切ると、会社もドライに割り切らざるを得ないんじゃないかと思うんです。

久野

そうなりますよ。

安田

どっちが先にドライになったんでしょう。大企業の場合は会社が先にリストラしたので「結果的に社員がドライになっちゃった」って感じですけど。中小企業の社長さんってもうちょっとウェットな気がします。

久野

確かに。社員に感情移入してる社長は多いです。

安田

でも社員さんは結構ドライですよ。

久野

ドライですね。

安田

「中小企業は社員のほうがドライで、大企業は会社のほうがドライ」ということでしょうか。

久野

中小企業って会社に対する忠誠心があんまりないんです。雇用の流動性も高いですから。大企業のほうが忠誠心はあります。

安田

へえ。大企業社員には忠誠心がありますか。

久野

会社のことは嫌いでも「忠誠心は高い」って人は多い。

安田

なるほど。ってことは「大企業の社員が中小企業の社長」とくっついて、「中小企業の社員が大企業」とくっつけば、ちょうどバランスがいいんじゃないですか。

久野

確かに。それはイノベーション起きそうですね(笑)

安田

でもそういうマッチングは起こらないんでしょうね。

久野

大企業の社員は、大企業の特権が好きなだけですから。そこに対する忠誠心です。

安田

中小企業で働いてもモチベーションは上がらないと。

久野

だって、ちやほやされないですもん。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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