第94回「愛社精神は必要なのか」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第94回「愛社精神は必要なのか」


安田

GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)の社員は「愛社精神は無価値だ」と思ってる人が多いそうですよ。

久野

そうなんですか。

安田

はい。久野さんは「ビジョンや愛社精神が必要だ」っておっしゃいますけど。これから先も愛社精神は必要なんでしょうか。

久野

中小企業には必要だと思ってます。たとえばGAFAはミッション型の仕事形態になってて「こういう世界をつくりたい」という方向性が明確じゃないですか。

安田

はい。そういうイメージです。

久野

そういうものがあれば、愛社精神がなくてもやっていけると思います。

安田

そもそも愛社精神を求めるのって日本独特の文化ですよね。

久野

そうですね。日本独特です。

安田

それなのに「勤務先への満足度」では日本は世界最低レベル。

久野

そういうデータがありますね。

安田

自分がやってる仕事や、働いてる会社に満足していない人が80%を超えてる。だけど辞めない。

久野

辞めないですね。

安田

でも愛社精神は求められる。

久野

はい。

安田

愛社精神なんてなくても、満足度が高いほうが重要だと思うんですけど。そもそも満足度が低いのに愛社精神なんて湧くんですか。

久野

そうですね。職場への満足度は確かに低いです。G8では最下位。

安田

愛社精神なんて求めるから下がっていくんじゃないですか。

久野

確かに「愛社精神」って言われると違和感ありますね。

安田

今やってる仕事が「好きか嫌いか」ってのは、確かに大事なことだと思うんです。でも自分が所属している会社を愛するかどうかって、ちょっとずれてる気がする。

久野

安田さんも昔は言ってなかったですか?

安田

言ってました。昔は愛社精神豊かな社員といるのが心地よかった。けど、あれって「単なる社長の思い込みだったんじゃないか」って気がしてます。

久野

中小企業では社長イコール会社ですからね。

安田

はい。

久野

つまり「俺のこと愛せよ」みたいな感じで。

安田

愛社長精神ってことですか。

久野

愛社精神=愛社長精神という図式です。

安田

確かに。そういうのに酔ってただけかもしれないです。

久野

仕事を好きになってもらうことのほうが本質なんでしょうね。

安田

けど社長も愛社精神に「社員」を含んでる人が多いですよ。

久野

社員のことを愛してると。

安田

「社員もひっくるめて会社を愛してる」というイメージですね。

久野

人によるんじゃないですか。

安田

社員を愛してない社長もいるってことですか。

久野

いや、相手によるんじゃないですかってことです。愛社精神が強い社員のことは社長も愛してると思いますけど。

安田

なるほど。そこはバーターだと。

久野

中小企業の愛社精神って、報酬や福利厚生の不足を補ってる部分があるから。

安田

不足を補ってる?

久野

本当は50万の給料を払わなくちゃいけないんだけど。30万しか払えないから「20万は愛社精神で補ってね」みたいな。

安田

なるほど。「愛してるなら我慢してね」ってことですね。

久野

そういうニュアンスがあります。会社が社員に愛社精神を求める時って。

安田

そう考えると働く側にとって愛社精神って無意味ですね。GAFA社員の「愛社精神なんて無価値だ」っていう主張は非常にまっとう。

久野

そうですね。その職場の「何が好きか」は自分で決めたらいいって話でしょうね。

安田

たとえば愛社精神はないけど「仕事に誇りとやりがい持ってる」って人もいるじゃないですか。

久野

はい。

安田

逆に愛社精神は満ちてるんだけど「まったく仕事には誇りもやりがいも感じてない」って人もいます。

久野

はい。

安田

愛社精神なんてなくても、仕事に誇りを持ってる人のほうが「まともなプロ」って感じがするんですけど。

久野

確かにそうですね。

安田

だけど中小企業の場合は、愛社精神の強い人が重要ポジションにいたりします。

久野

多いですね。

安田

社長にかわいがられてリーダーやってたり。

久野

現場の人がちょっと冷めてて。

安田

現場は不満が溜まりますよ。「実際に仕事やってんのは俺らじゃないか」って。

久野

そうですよね。ロイヤリティの高い人が上がってく仕組みになっちゃってる。そこが問題かもしれないです。

安田

仕事はできないけど社長に対する忠誠心は高い。そういう人が上にいると下は結構大変です。

久野

バランスの問題じゃないですか。愛社精神を「仕事ができるかどうか」よりも優先したらよくない。愛社精神は二番目、三番目ぐらいで。

安田

一番にもってくるからややこしいことになると。

久野

愛社精神が大事だっていうコンサルタントも多いですね。

安田

そうなんですか。

久野

会社好き、仕事好き、お金好きという順番です。

安田

へえ。どうしてその順番なんでしょう。

久野

まず、お金が好きな人は頑張って働くと。でも、もっといいのは仕事が好きな人だと。仕事が好きな人は、その仕事が好きだからいくらでも働くと。

安田

確かに。

久野

そしてさらにいいのは会社好きな人だ。転職しないし会社のために頑張ってくれる、と。

安田

なんかちょっと古いですね、発想が。

久野

はい。もうそういう時代じゃないんだろうなって思います。

安田

これからも日本企業は愛社精神を求めるんでしょうか。

久野

優先度が一番上じゃなくなっていくとは思います。

安田

いちばん上はお金でしょうか。

久野

いちばんは仕事じゃないですかね。

安田

働く側からしたら一番は待遇でしょう。楽して稼げること。二番目は自分の好きな仕事。会社が好きかどうかなんて一番下って感じ。

久野

確かに。ちょっとしっくりきちゃいました(笑)



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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