人気の洋菓子店があるらしいんですけど。
私、知ってます、これ。
本当ですか。
PATISSIER eS KOYAMA(パティシエ エス コヤマ)ですよね。Yahoo!ニュースで見ました。
そうです。残業がすごいらしくてパティシエやりがい詐欺だって。これ見てどう思いました?
私は社労士なので「これはまずいな」と思いましたね。
残業が多いってことが駄目なのか、それとも残業代をちゃんと払ってなかったことが問題なのか。
このお店は3年で2回も労基署に勧告を受けてるんですよ。それでも全く改善されてないのが一番の問題じゃないですか。
3年で2回って多いんですか?
労基署ってすごくきつそうに思えるじゃないですか。
国税の調査みたいなイメージです。
じつは労基署の人って割と常識的で。1回目に来たときに、いきなりガンガンやってくわけじゃないんです。ちゃんと事情も加味してくれて。
へえ。意外ですね。
どうすれば労働時間を短くしていけるか。そこをちゃんと考えれて実行していけばOKなんです。だけど全く改善が見られなかった。
優しくしてあげたのに全く改善しなかった。
そう。それでここまできちゃったんだと思う。
そもそも直す気がないか、あるいは直せないのか。ケーキ屋さんって仕込みもあるし片付けもあるし。勤務時間で終わらない部分も出てくると思う。
どこも同じ条件ですから。
まあそうですけど。働いてる人が納得してれば「いいんじゃない」ってことにはなりませんか。
すごく難しい時代になってまして。たとえば能力を付けるためのトレーニングって必要じゃないですか。
はい。残業がダメならいつパティシエの練習をするのか。
厨房を使わせてもらえないと事実上できないので。そこを労働時間って言われちゃうと、成長する時間がなくなってしまう。
どうしたらいいんですか。
トレーニングの時間も含めて価格に乗っけるしかない。だけど「そんなことしたら誰も買わなくなるよ」っていう。
結局は日本の安売り問題に行き着くわけですね。
そうなんです。
日本は「100円ショップがいつまでも100円の国」って言われてるそうで。
海外はどんどん値上げして「名前だけ100円ショップ」みたいなのが多いです。
本当に100円で売ってるのはもはや日本だけ。いつまで100円なんだって。
ラーメン屋も労働基準法的にはだいぶ怪しいんです。
ラーメン屋ですか。
「何時間もかけて仕込みやってます」って宣伝してる時点で怪しい。
確かにスープなんて営業時間には仕込めないですよね。
そうなんです。
「ラーメン職人になりたい」「パティシエになりたい」って人は、仕事終がわった後に研修するしかないと思いますけど。それもやっぱり仕事時間に入れなきゃ駄目?
今の常識でいうと労働時間ですね。
ということは会社が給料払いながら教えるしかないと。
そこまで余裕がある会社は少ないですけど。
じゃあ将来「自分でケーキ屋をやりたい」って人はどうすればいいのか。
難しい問題なんです。必ずしも全員が独立したいわけではないし。
そういう人だけ特別扱いするとか。
やってる本人たちが「やらされてました」って言った瞬間に労働時間になっちゃう。
恐ろしい。
だから簡単にはいかないんですよ。
ちなみに本人が「好きでやってました」って場合は、労働時間にはならないんですか。
間違いなく労働時間なんですけど、問題になりづらいだけの話。
なるほど。厳密にいうとそれも労働だってことですね。
そうです。すごく難しい時代になっちゃいました。
本人がやりたかろうが会社で練習させたら、それは労働だと。
そうです。能力を付けるのがすごく難しい時代になってきてる。会社もリスクを負いたくないから「早く帰れ」って話になるし。
スキルアップしてくれないと会社も困りますよね。
だからケーキ屋さんも、セントラルキッチンみたいなところで作って、お店に運ぶだけになっちゃう。
味気ない世の中ですね。
商品の差別化もできないし、スタッフもある意味不幸です。強制的に帰らされちゃうのでスキルも身につかない。法律の難しさですね。
ニュースに出てたケーキ屋さんも、一概に悪いとは言えないかもしれませんね。
とくに人気のケーキ屋さんは、「ここで学びたい」って人が集まって来るので。
本人が納得してるなら「何も悪くない」っていうのが、経営者の感覚ですよ。
「本人の将来を考えての修行」というのは、まっとうな話なんです。ただ「それを言ったらもう駄目だ」ってゲームチェンジしちゃった。
ルールが変わったんだと。
それが働き方改革の本質なので。その中でどうやるか考えるしかない。教育までやらないと儲からないビジネスは値上げするしかない。それが最後結論。
希望して学びに来た人たちとか、将来的に独立していく人にも、給料を払いながら教えなくちゃいけない。
そういうことです。
そうなると相当高い値段でケーキ売らないといけないですね。
それもひっくるめて値上げしないと駄目。そういう時代になっちゃったんです。
ショートケーキがひとつ1000円とか。
もしくはロボットが作りましたとか。どっちかになると思います。
すごい二極化ですね。
これまでが安すぎたんです。
パン屋さんも朝暗いうちから仕込んで1個100円とか200円ですもんね。
美容室も安いです。それもめちゃくちゃ努力して練習してる人たちばかりで。
安すぎたから高く感じるだけで、じつはそれが当たり前の価格なんだと。
そこに至るまでの店の投資額とか、本人の努力とか時間を考えると安すぎる。日本人って見えないものにお金を払わないので。
高くするとお客さんが離れていくし。一体どうすればいいのか。
業界全体で意識してやっていくしかない。
なぜそうしないんでしょう?
必ず誰かが出し抜こうとするから。
「安売り」する裏切り者が出てくると。
はい。でも出し抜いているつもりで、結局は自分の首を締めてるだけなんです。
久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/
安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。