その66 下を向いて歩こう

「IQが20違うと人の会話は成立しない」
という説があります。

いわれは複数あるようなのですが、
ポジティブよりネガティブなトピックがウケるのは世の常、
ディスコミュニケーションの事例として
長年みなさまに親しまれているネタのようです。

これがネタとしてすぐれている理由はいくつかありまして、
まず短いこと、あとIQが20という「データっぽさ」、
なにより「誘導性」であります。

誰でも1回聞けば覚えられる容易さでありながら
もっともらしい根拠もついてきて、
そして、「ついでに言ってしまえたらスッキリする気持ち」を
後押ししてくれるというわけです。

ついでに言ってしまいたいことというのは
もちろん
「バカには話が通じなくて困る」
ということです。

IQとはそもそも何を測定するものなのか、
その差はどういう違いをもたらすのか、
そういうメンドくさいことに興味がなくとも、
頭の良し悪しという話題は人を惹きつけます。

そして、これも当然というべきか、
この説を持ち出すときの主体者はほぼほぼ、
話が通じなくて「困る側」であります。
「困らせる側」ではありません。

しかしたとえば
わたくしのような
10人で順位を付けたらなんでも7番目だった人間からしますと、
この話を目にして思うのは
「頭のいい人と話すと自分はとてもラクだが、相手は大変ではなかったのか」
ということです。

だいたい、「IQが違うと~」説の主旨は
「130を超えるような高IQ者となると
比率的に周囲の人間の多くが同レベルということはまずなく、
コミュニケーションが快適な環境を手に入れること自体にハードルがあり、
結果、たとえば生きづらくなったりしがち」
ということだったりします。

つまり、IQという基準で判別できる能力ギャップがある関係では
コミュニケーションに摩擦が生じることは避けがたいことであり、
そのコストは上位の者が支払うしかないということです。

ただ、世の中広いので、
1000人が順番をつけて並んでいたら、
わたくしの後ろにもあと300人くらいいます。

先頭の何十人かにはもしかしたらコミュニケーションコストを
払わせているかもしれませんが、
後方の何人かとのコストを淡々と負担してあげられる、
そんな人間でありたいものです。

 

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著者自己紹介

「ぐぐっても名前が出てこない人」、略してGGです。フツーのサラリーマン。キャリアもフツー。

リーマン20年のキャリアを3ヶ月分に集約し、フツーだけど濃度はまあまあすごいエッセンスをご提供するカリキュラム、「グッドゴーイング」を制作中です。

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