第28回「産油国でも電気自動車は走っているのですか?自分の首を絞めるような商品ですけど。(その2)」

日本人は中東を「イスラム教の国々」と一括りにしてしまいがち。でも中国・北朝鮮・日本がまったく違う価値観で成り立っているように、中東の国だって様々です。このコンテンツではアラブ首長国連邦(ドバイ)・サウジアラビア・パキスタンという、似て非なる中東の3国でビジネスを行ってきた大西啓介が、ここにしかない「小さなブルーオーシャン」を紹介します。

  質問  
「産油国でも電気自動車は走っているのですか?自分の首を絞めるような商品ですけど。(その2)」

   回答   

前回「サウジには尖ったスマートシティ構想がある」とお伝えしましたが、今回はそのご紹介です。
その構想の名前は「NEOM」と言い、発音は「ニーオム」が近いです。
その目玉となるのが「THE LINE」と呼ばれるプロジェクトで、サウジアラビア北西部の紅海付近に全長170kmの線状スマートシティを作るというものです。
ここでは乗用車をEVに切り替えるどころか、「車そのものをなくす」というコンセプトが謳われています。

(↑一本の線状に伸びる壮大な都市計画)

【様々なゼロを掲げた未来都市構想】

THE LINE とは何なのか?
旗振り役であるサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子のプレゼンを引用すれば、このプロジェクトは「人間ファーストの都市革命」であるとのこと。

”産業革命後、都市では人よりも機械、車、工場を優先してきた。
いま、世界で最も進歩していると言われる都市でも、人々は人生のうち何年もの時間を通勤に費やしている。
2050年までに人々の通勤時間は2倍になる。CO2排出増加と海面上昇によって10億人が住む場所を失い、9割の人は汚染された大気の中で呼吸することになるだろう。
なぜ我々は発展のために自然を犠牲にしなければならないのか?
なぜ我々は700万人を環境汚染で、100万人を交通事故で毎年失わねばならないのか?
なぜ我々は人生の何年間もの時間を通勤のためにムダにせねばならないのか?”

この問題提起自体に目新しさはありません。しかし、これに対する提案が非常にトガっています。

”我々は都市概念を未来に合うよう変えなければならない。
私はNEOMの取締役会会長として、THE LINE を提示する。
全長170kmの100万人都市を、敷地内の自然の95%を保護した上で創り上げる。
車ゼロ。車道ゼロ。CO2排出ゼロ。
歩行性を優先し、生活に必要なものは全て徒歩5分圏内にある。
一番遠いところでも20分以上かからない。
地上は歩行者優先で、ライフラインや輸送や移動インフラは地下にある。
都市の動力は100%再生可能エネルギーで賄う。”

(THE LINEが提示する項目の一部。アクセスもよく、世界の40%の場所から4時間で来れる場所となる)

乗用車が走らないから人為的な自動車事故が起こらない。
通勤は歩いて5分以内。ショッピングや娯楽も全部徒歩圏内。
システムは地上からは見えない。ライフラインのインフラは地下にある。また、物資の高速輸送が地下で行われ、地上には車道が存在しない。
必要なエネルギーは100%再生可能エネルギーで賄うので、CO2は出ない。
ロボットやAIといった最先端テクノロジーのフル活用を前提とした、常識外の都市計画です。
とはいえ想像しにくいと思いますので、完成すればどのようになるのかイメージ動画を置いておきます。長さは1分強です。
未来都市感がかっこいいです。

国際的な感覚を備えた都市にするため、サウジの持つ閉鎖的なイメージを払拭し、ビジネス環境だけでなくリゾートも充実させるプランです。

【今のところ、ちゃんと進んでいる】

このように野心的なプロジェクトは、実現可能性への疑問やその他様々な理由から、なかなか進捗しないケースが少なくありません。
ましてや今はコロナのネガティブな影響が多方面に出ています。最大の収入源である石油価格も安定性を欠き、皇太子自身が抱える様々な疑惑や問題もあります。
このように進行をストップさせる要因はいくつもあるのですが、現在のところプロジェクトは前進しているようで、2020年10月のレポートでは次のような記載があります。

  • 開発ペースを上げるため、本部が首都リヤドから現場へと移された
  • NEOM内に空港が完成し、建設作業員のための宿泊施設が30,000部屋準備された
  • 太陽光と風力を動力源とするグリーン水素アンモニアの製造装置に約5300億円を投資した
  • 車ゼロを実現可能にする高速輸送システムを造るため、AECOMやBechtelといった世界最大級の建築設計コンサルと契約した

ということで、コロナ後でも進捗があるのだなと感心しました。

【都市生活の概念が変わる?】

”このプロジェクトは、従来の投資家のためのものではない。これまで世界で実現されなかった何かを実現することを夢見る人のためのものである。”

都市を人工的に作ろうという試みは歴史的にいくつも事例がありますが、技術的に難しいものであればあるほど、失敗する可能性は高くなります。
THE LINE も非常にチャレンジングなプランなので、どこまで実現するのかは全くわかりません。
しかし、石油の国が車ゼロ・CO2排出ゼロのスマートメガシティ構想を主導しているというのが、非常に興味深いところです。
このプロジェクトが停滞することなく進めば、エネルギーや環境問題の分野へ一石を投じることになり、都市生活の概念にパラダイムシフトが起きる可能性もあります。
少なくとも、こういう構想の存在を知るだけでも、我々が当たり前のように感じている日々の生活に疑問を持つきっかけになるのではないでしょうか。

 

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 この記事を書いた人  

大西 啓介(おおにし けいすけ) 

大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。在学中はスペイン語専攻。
サウジアラビアやパキスタンといった、どちらかと言えばイスラム感の濃い地域への出張が多い。
ビビりながらイスラム圏ビジネスの世界に足を踏み入れるも、現地の人間と文化の面白さにすっかりやられてしまった。
海外進出を考える企業へは、現地コネクションを用いた一次情報の獲得・提供、および市場参入のアドバイスを行っている。
現在はおもに日本製品の輸出販売を行っているが、そろそろ輸入も本格的に始めたい。大阪在住。

写真はサウジアラビアのカフェにて。

 

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