第45回「アラブでのビジネスは一般的にどのように進むのですか?」

日本人は中東を「イスラム教の国々」と一括りにしてしまいがち。でも中国・北朝鮮・日本がまったく違う価値観で成り立っているように、中東の国だって様々です。このコンテンツではアラブ首長国連邦(ドバイ)・サウジアラビア・パキスタンという、似て非なる中東の3国でビジネスを行ってきた大西啓介が、ここにしかない「小さなブルーオーシャン」を紹介します。

  質問  
「アラブでのビジネスは一般的にどのように進むのですか?」

   回答   

アラブでもビジネスの流れ自体は一般的なもので、これと言って特殊な行程があるわけではありませんが、一般的に「アラブ人とのビジネスは時間がかかる」と言われますので、今回はこの点に触れてみたいと思います。

【インシャアッラーの世界観と時間厳守の世界観】

過去2回にわたって、「インシャアッラー」という言葉が持つニュアンスについて書きました。
この「神が望めば」という言葉が象徴するように、物事は予定通りに進まなくても当たり前と考えるアラブ人と、人事を尽くして天命を待つという言葉が象徴するように、物事は予定通りに進まないがその中で最大限にやれることをやろうと考える日本人。
両者には、約束に対する考え方の違いが色濃く出ているように感じます。

日本人にとって、約束とは「100%かもしくはそれに近い確率で遂行されるべきもの」という言外の共通認識があると思います。ですから、そうならなかった場合は謝るわけです。

しかし、時間や約束が守られなかったとき、インシャアッラーの世界観に生きるアラブ人にとって不義理を働いたという認識は日本人ほどありません。
もちろん”Sorry”とは言いますが、それは「ごめん」よりは「神の思し召しがなくて残念だ」という意味に近いように感じます。
ここは善悪の観念を持ち込まず、そういうものだと理解するほうがいいでしょう。

時間を守る、約束を守るというのは日本人にとって美徳とされています。
ところが、日本を離れた場所から見てみると、少し行き過ぎなのではと感じることもあります。
2017年11月14日、『つくばエクスプレス』が定刻より20秒早く出発したということで鉄道会社が公式に謝罪したことが世界的なニュースとなりました。
また、2018年5月11日にはJR西日本の列車が予定時刻より25秒早く出発し、こちらもJRが公式に謝罪しています。
世界は、たった数十秒早く出発したことを謝罪した鉄道会社に驚き、その謝罪に驚かない日本人に驚いたのです。

日本人の時間厳守は、プロフェッショナリズムの現れと見ることもできる一方で、秒単位で時間をコントロールできるという思い込みが背景にあるのかもしれません。
ただ、こういうニュースを見ると、むしろ時間にコントロールされているような気もします。

日本的な考えでは時間を守るのは当たり前。
一方、インシャアッラーの世界観では未来とは神しか知り得ないもの。
考えてみれば、時間厳守や納期厳守というのは言い換えれば未来の確約ということですから、インシャアッラーの世界においてはまさに「神業」と言えるかもしれません。

【予定外のことが起こる面白さ】

アラブでは緻密なスケジュールを立てても、全然その通りには進みません。
ということは、予定外のことが起こるということでもあります。
短期出張でもその傾向は顕著であり、私の体験した象徴的なケースを紹介したいと思います。

サウジアラビアへの出張中、まったく予定していなかったのですが、日本からの出張だという噂を聞きつけた日本好きの王族に会う機会を得ました。
サウジアラビアは王族の数が万人単位なので、サウジ人の友だちの知人の知人くらいのポジションにいたりして、意外に会えることがあるのです。

その王子(プリンス)との待ち合わせ場所は彼のパレスで、確か「21:00くらいにパレスへ来てくれ」と言われた記憶があります。
我々はサウジ人たちとともにパレスへ向かったのですが、その車中でプリンスからの電話が鳴り、「今向かっているけど少し遅れそう」という内容のことを言っていたようです。電話を取ったサウジ人が「いま、海中から地上に向かっているんだって」とポロッと言いました。
私が「え?」と聞いたところ、「プリンスは海に住んでるから」との返答。
「は?」と思いました。プリンスは人魚なのかい。
本気なのか、冗談なのかわかりません。
ただ、ジョークにしては斜め上過ぎます。他のみんなも特に突っ込みませんし。
たしかドバイにも海中ホテルがあったな……もしかすると本当かも? などと思いながら、結局確認する手段もないまま、パレスに到着しました。

今まで見たこともないような大きさのパレスでした(パレス自体、初めてでしたが)。
きらびやかで豪勢な応接室に案内され、部屋のつくりに圧倒されながら待つこと1時間、ようやくプリンスが海(?)からやってきました。プリンスとの面会が終わったのは23時で、ホテルに帰り着いたら午前0時を過ぎていました。
プリンスとの面会が突然入ったため、予定していた別の結構大事なミーティングを急遽キャンセルしたのですが、相手は全く気にしておらず、ホッとしました。
「インシャアッラーの世界観って結構ラクだな」と思ったことを憶えています。

アラブに行けば、必ずと言っていいほど想定外のことが起こる。
これはこの地域の面白みの一つだと思います。

【種蒔きは早めに】

時間に厳しい日本人と相性がいいとはいえない、インシャアッラーの世界観。
せっかくビジネスチャンスを見出しても、これに耐えられない人もいます。
それでも、根気強く付き合うことで築かれる信頼というのもたしかにあるように思います。

「タネを早めに蒔くだけ蒔いて気長にじっくり待つ」というのはアラブ人とビジネスを始めるにあたり、有効な方法の一つだと思います。
もちろん、あちらに興味があればトントン拍子で進むこともありますから、一概にスローとは言えないのですが、いずれにしても予想外の動きが出ることが多いのが面白い部分です。

 

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 この記事を書いた人  

大西 啓介(おおにし けいすけ) 

大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。在学中はスペイン語専攻。
サウジアラビアやパキスタンといった、どちらかと言えばイスラム感の濃い地域への出張が多い。
ビビりながら中東ビジネスの世界に足を踏み入れるも、現地の人間と文化の面白さにすっかりやられてしまった。

海外進出を考える企業へは、現地コネクションを用いた一次情報の獲得・提供、および市場参入のアドバイスを行っている。
現在はおもに日本製品の輸出販売を行っているが、そろそろ輸入も本格的に始めたい。

写真はサウジアラビアのカフェにて。

【お知らせ】
ポッドキャスト始めました。
中東や東南アジアを中心に、海外の文化(ときどきビジネス)について喋る番組です。
番組名: Friday Airport Lounge
毎週金曜17時更新
https://anchor.fm/friday-airport-lounge

 

2件のコメントがあります

  1. 「現在はおもに日本製品の輸出販売を行っている」とのことですが、2024年2月現在も行っておりますでしょうか?ご相談に乗っていただきたい製品があり、コメントを遅らせてもらいました!

  2. 元中さま
    コメントありがとうございました。
    はい、ご相談は随時承っております。
    詳細は私のInstagramアカウントhttps://www.instagram.com/kei_2xc?igsh=dWlheG92ZXJyYmY4&utm_source=qr
    までご連絡ください。
    お待ちしております。

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