第154回 なるべくしてなった結果

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第154回「なるべくしてなった結果」


安田

これ知ってますか?特養老人ホームのニュース。

久野

特養老人ホームは知ってます。

安田

値上げがあったそうです。今まで月3万2000円だったのが5万4000円になって。「貧乏人はどうしたらいいんだ」「殺すつもりか」みたいなニュースなんですけど。

久野

なるほど。

安田

Yahoo!コメントでは賛否両論というか、むしろ否定的で。今までが安過ぎたんだと。「3万円で至れり尽くせりやってくれるわけないだろう」みたいな。

久野

私もそう思います。食事まで付いていて安いですよ。

安田

「お前みたいなやつが経済悪くしてるんだ」みたいなコメントがいっぱいあって。どっちの言い分が国民の本音なのか。

久野

どっちも本音なんでしょうね。自分が受けるサービスは安い方がいいし。

安田

だけど自分の仕事の報酬は上げてほしい。

久野

そう。そこが矛盾してるんですよ。

安田

安さって誰かが負担してるわけですからね。じゃあ特養老人ホームの件は久野さんから見ると妥当な値上げですか。

久野

私は介護の業界ともお付き合いがあるんですけど。国からの報酬で給与が払われるビジネスモデルじゃないですか。

安田

はい。

久野

「はじめに国家予算ありき」という仕組みになっていて。介護する人が増えてく中で働き手になる人が減っていて、このままじゃ運営できないから致し方がない。

安田

エッセンシャルワーカーの待遇を良くしろって、みんな言いますよね。

久野

それしかないですから。

安田

国としてそこをやろうとしたら値上げする以外ない。

久野

そうなんですよ。

安田

しかも今まで月3万円だったわけで。5万円ぐらい頑張って払おうぜっていうのが、普通の感覚のような気もするんですけど。

久野

だけど、それを言うと怒られちゃう。

安田

怒られちゃうのがおかしいですよね。

久野

じつはこの対談も「大丈夫ですか」ってよく言われます(笑)

安田

でも当たり障りのないことばかり言うから、矛盾だらけになるんですよ。ダメなものはダメだとはっきり言うべき。

久野

日本人は利用者の立場では「とにかく安く」っていうんですけど。サービス提供者に回った瞬間に「もっと高くなきゃできない」って、そういう話になりますから。

安田

よほどのお金持ち以外は、みんなワーカーでありユーザーでもあるわけじゃないですか。

久野

そうなんです。

安田

お金持ちはユーザーオンリーなので、安いものを求めるのは当たり前だと思うんですけど。

久野

逆にお金持ってる人の方がちゃんと払います。自分がワーカーの人ほど安くしようとする。自分で自分の首絞めてるようにしか見えないですけどね。

安田

儲けた企業がため込んで「企業だけが得してる」みたいに言う人もいますけど。

久野

今の日本の法制度だと、雇用し続けなきゃいけないわけじゃないですか。

安田

はい。

久野

普通に考えれば「お金を持っておこう」という意識は働きますよ。

安田

そうですよね。雇った瞬間に数十年分の人件費を払い続ける覚悟が必要で。

久野

「宵越しの金は持たねえ」じゃ済まない。経営者が内部留保することについては否定できないですよ。

安田

老人ホームの話に戻すと、働き手も少ないし自分たちで面倒を見切れない人もたくさんいて。見てもらう場所って必要じゃないですか。

久野

絶対に必要です。

安田

となると、それに携わる人がある程度働きたいと思える待遇を用意するしかないわけで。自分の親の面倒見てもらってるんだから。

久野

そうですね。ちゃんと満足いく待遇を用意しなくちゃっていうのが、まっとうな人の発想だと思うんですけど。

安田

だけどニュースでは「低所得者いじめだ」って書かれていて。これはマスコミのあおりですか。

久野

あおってると思います。

安田

その方が国民に受けるからですか。

久野

はい。国民の大半は安いものを求めてますから。

安田

そうですよね。でも普通に考えたら食事まで付いて、自分では面倒見れない親の介護までしてもらって、3万円とかってあり得ない気がするんですけど。

久野

あり得ないですね。

安田

普通の金銭感覚からいくとそうですよね。「国が面倒を見ないのは低所得者の切り捨てだ」って、いかがなもんかと思います。

久野

国にめちゃくちゃ力がありゃいいんでしょうけど。

安田

もうスッカラカンですから。仮に久野さんが総理大臣だったらどうしますか?

久野

ちょっと手遅れ感はありますけど、年金自体をイチから考え直さなきゃいけないと思います。

安田

年金問題はみんな先延ばしにしますよね。

久野

自分じゃやりたくないし、たぶん「どこかで人口減も止まるだろう」ぐらいに考えてたんでしょうね。

安田

どこかでは止まるでしょうけど。

久野

考えていた以上に状況が悪くなっていて、もはや少しマイナーチェンジしたぐらいじゃ収まらないんです。

安田

「ちょっと値上げする」みたいな小手先じゃなく?いったんリセットしてやり直したほうがいい。

久野

それしか方法はないです。ただ日本ではちょっと厳しいと思いますけど。

安田

なぜ厳しいんですか。

久野

常に言われるシルバー・デモクラシーというやつで。

安田

本当にそうなんですかね。実際にそれを掲げて全選挙区に立候補者立てて、そこが負けたっていう事実はないわけじゃないですか。

久野

誰もやらないですから(笑)

安田

結果はやってみないと分からないと思う。

久野

前回の選挙でも、地元に戻った大御所が負けたじゃないですか。

安田

そうでしたね。

久野

東京だけ見てたら勝てないってことだと思います。地方に帰るとすごく高齢化が進んでいて、そこに反感を買うような声って上げづらいですよ。

安田

コツコツ地元を回って選挙活動した人が勝つのは、美しい気がするんですけど。

久野

一人ひとりの声が届いてる感じがしますよね。

安田

でも国のかたちを決める国会議員を、地方の都合で決めていいんだろうかって気もします。

久野

日本の政治スタイル自体がそうなので。

安田

そこは変えようがない?

久野

はい。だから全体最適を求めてるように見えて、結局は地域最適に行く。日本はほとんどが過疎地で、高齢化してるわけじゃないですか。

安田

その声を集めて国の政策を決めてるわけですからね。

久野

なるべくしてこの結果になってるんですよ。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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