第186回 我慢の代償に失っているもの

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第186回「我慢の代償に失っているもの」


安田

最低賃金が31円引き上げられて961円になったみたいです。

久野

そうですね。

安田

物価高を踏まえて過去最高ってことで、メディアではかなり盛り上がってます。

久野

まだまだ安いですよ。もうちょっと頑張れたんじゃないかと思いますね。せっかく選挙にも大勝したのに。

安田

全国平均で31円ってことは、これより安いところもあるってことですよね。

久野

今年の引き上げが30円から33円ですね。

安田

ということは30円は上がると。毎年30円上がったら、あっという間に1,000円を超えそうですけど。

久野

いやいや。平均が961円ですから。地域によってはまだまだですよ。

安田

アメリカでは最低2,000円ぐらいって聞きました。韓国は最低賃金を上げたことによって、失業が増えたと言われてますよね。

久野

はい。ただ1人当たりの生産性は伸びました。日本も抜かれちゃいましたから。

安田

ですよね。

久野

やっぱり日本は人口減少と人手不足じゃないですか。上げたら効果があると思いますけどね。

安田

反対する人も多いんでしょうね。

久野

安く使ってる企業は反対します。ただ誰も痛まずにやろうっていうのは、もう無理ですよ。

安田

物価が上がり、税金も高くなり、生活者保護みたいな観点なんでしょうね。最低賃金の引き上げは。

久野

はい。とにかく国としては一人当たりの生産性を上げたい。

安田

現場への影響はどれぐらいでそうですか。

久野

安い賃金で収益を上げていた会社は絶対きつくなるはずです。そういう会社はやめざるを得なくなる。その結果、賃金の安かった人が市場に出てくる。

安田

最低賃金を上げただけでそんなに影響ありますか。

久野

最低賃金を上げると中間層も上がってくるので。安い人件費が絶対という、生産性が低い会社は淘汰されます。

安田

ネットの書き込みは労働者側と経営側に分かれてまして。労働者は「まだまだ安い」「最低でも1500円にしろ」という意見が多くて。

久野

でしょうね。

安田

無責任に言わせてもらうなら、「1500円ぐらいにすりゃいいじゃん」って思うんですけど。だけど「間違いなく失業が増えるぞ」という書き込みも多くて。

久野

今でもギリギリの会社がたくさんありますから。

安田

ギリギリだから上がった分は人を減らすしかない、って書かれてました。

久野

そう思います。

安田

人を減らしてもビジネスは成り立つんでしょうか。

久野

何らかの工夫をしないと無理でしょうね。

安田

どんな工夫ですか?

久野

たとえば機械化とか。機械よりも人間の方が安いから、人間を雇うわけで。

安田

じゃあ失業者が増えるのは間違いない。

久野

そこでイノベーションが生まれるわけです。結果として生産性が上がって、また人を雇う流れになる。

安田

なるほど。

久野

ただ一旦は失業者が出るとは思います。最低賃金を一気に上げるんだったら。

安田

社員として雇ってる会社は、解雇もできないし上げざるを得ないですよね。

久野

日本の最低賃金アップがハードなのはそこなんですよ。解雇できないので、最低賃金が上がった分だけ生産性で吸収しなきゃいけない。

安田

生産性って、そんな簡単に上がりませんよ。

久野

だから必ずどこかで振り落とされます。その戦いがきついってだけで、全然平気な会社も中にはあるわけですよ。

安田

そこで振り落とされた会社ってどうなるんですか。

久野

高い賃金が払えるモデルに変えるか、あるいは廃業するか。それしかないです。

安田

ネットでは「安い安い」ってみんな文句言ってますけど。安くても働く人がいるからこうなってるわけですよね。

久野

その通りです。流動化しないことが問題なんです。

安田

なぜ我慢しちゃうんでしょう。

久野

たとえば最低賃金が500円だったら、おじいちゃん2人でのんびり働けるわけですよ。

安田

のんびり働きたい人もいるんだと。

久野

そういう人もいます。でも1000円だと1人で頑張って働いてもらわなくちゃいけない。3人で稼いでた金額を「2人で稼いでください」となるから、従業員側にも圧がかかる。

安田

それが嫌な人もいるんですね。

久野

嫌だというのもあるでしょうし、そもそも出来ない人もいる。できない人は失業しちゃうはずなんです。やれって言われたことが出来ないので。

安田

だから安くても我慢するわけですか。

久野

はい。本当は我慢しないでスキルアップすればいいんですけど。

安田

従業員側にも問題があると。

久野

そう思います。だけど最低賃金を上げると、スキルアップせざるを得なくなる。

安田

できない人は大変でしょうね。

久野

その大変なことを、無理やり起こしていくのが国の戦略なんでしょう。

安田

のんびり仕事をするなんてことは、日本ではもう許されないってことですか。

久野

のんびり仕事をしてると日本が成長しないので。みんなで「頑張っていきましょうね」って話だと思う。

安田

ちなみに業務委託は最低賃金とは関係ないですよね。

久野

はい。ちゃんとした業務委託なら。

安田

そこが増えていく可能性はどうですか?業務委託なら社会保険料もかからないし。

久野

業種や仕事内容によりますよね。業務委託って工場には連れてこれないじゃないですか。

安田

連れて来れないんですか。

久野

現場は無理です。いろいろ法律に引っかかっちゃうので。

安田

なるほど。やはり生産性を上げるしかない。社員もスキルアップするしかない。

久野

そうです。それしかありません。

安田

韓国はそれで日本を抜いちゃいましたからね。

久野

人間って優秀なので、安い給料だと甘えちゃうんですよ。

安田

優秀だと甘えるんですか。

久野

計算できちゃうので。「自分の人件費は高い」という前提に立って、工夫しなきゃいけない。そうすることで長期的に見れば必ず進化していきます。

安田

だったら、もっとサクサク上げてきゃいいのに。

久野

やっぱり痛みが伴うから。本当に変えようと思ったら、安田さんの言うようにバーンとやって、ガーンと落として、ガーンと上げるしかない。

安田

ですよね。過去最大、歴史上類がないとか言われて、やっと30円ですからね。

久野

そうなんですよ。30円って微妙で。我慢して吸収できる範囲なんです。それだと日本人はまた我慢してしまう。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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