第234回 どうやっても辞めてしまう時代

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第234回「どうやっても辞めてしまう時代」


安田

もう大企業ですら新卒が辞めていくそうで。しかも過酷な環境だからという理由じゃなく、「こんな緩いところで成長できるか」と辞めていく。

久野

はい。時代が変わったのだと思います。

安田

久野さんの顧問先は新卒採用やってますか?

久野

やってますね。中途より新卒の方が会社の考えに共感してもらいやすいので。ただ新卒採用する側の悩みとしては転職前提で就職してくること。

安田

大企業でさえ1年で1割が辞めちゃうそうです。官僚ですら辞めてしまう時代ですから。

久野

そもそも東大生が官僚になりたくないという時代です。エントリーすらしないんですよ。この国は大丈夫かなと思います。

安田

優秀な人ほど自分で起業しちゃうか、報酬が高い外資系に行くか。国のことより自分のことって感じですよ。

久野

そうですね。

安田

元官僚の方と対談したんですけど、辞めちゃう理由に「国民から感謝されない」というのがあるらしくて。

久野

そういうことですか。

安田

自分なりに一生懸命、国のためと思って働いているのに、誰からも尊敬されないって。やってられないらしいですよ。だったらもう自分のためにお金稼ごうかって。

久野

昔は「世の中のために知識を使う」というのがエリートの基本的でした。

安田

でも世の中のために頑張っても誰にも感謝されない。

久野

そりゃあ、やる気失くしますよね。

安田

すぐ叩かれたりするし。政治家になっても叩かれるし、官僚になっても叩かれる。

久野

「だったら自分でやれよ」って思っちゃいますよね。

安田

そうなんですよ。人任せというか。自分では何もしないくせに文句は言う。

久野

社員の教育も「会社がやって当たり前」だと思ってますよ。

安田

そのくせ「厳しすぎ」とか「緩すぎ」とか文句だけは言うわけです。

久野

立場が完全に逆転しちゃいましたね。

安田

社長のほうが弱い立場ですよ。ちょっと前までは「雇ってやってる」という社長も多かったけど、今は「働いてやってる」という感じ。

久野

そうですね。緩くても厳しくてもダメで。辞められたら投資をほとんど回収できずに終わってしまう。めちゃくちゃビジネスが難しい時代です。

安田

久野さんのクライアントは「辞めること」も見込んでますか?定着率をどのくらいだと考えて新卒を採るんでしょう。

久野

半分程度でしょうね。

安田

やっぱり半分ですか。大手でも1割辞める時代ですからね。半分残ったら良しかもしれません。

久野

逆に言うと「投資回収しやすいビジネス」とか「稼ぐまでのリードタイムが短い」とか。新卒採用してる会社は工夫もしてます。

安田

久野さんがいつも言うように「辞められても困らない 仕組みを作る」というのが大事なんでしょうね。

久野

大事ですね。とはいえ完全にマニュアル化しちゃうと価格競争になってしまう。どこかで人に依存せざるを得ないと思います。

安田

人に「依存するところ」と「しないところ」の上手な切り分けですね。

久野

そうです。

安田

久野さんは上手にやってますよね。自動化にも力を入れて一方で採用もして。属人化と省人化をきっちり分けてますよね。

久野

そこは意識してます。雇用の流動化を前提にビジネスを組んでいかなきゃいけない。だけど僕らはどうしても人にお客さんが付くビジネスなので。 

安田

そこですよね。「商品を売らずに自分を売れ」って言いますけど、社員が辞めちゃうと売り上げも落ちてしまう。

久野

いかにして定着してもらうかを考えないと。

安田

昔は新卒採用すればある程度定着しましたけど。

久野

今の新卒は転職前提でいるから難しいです。第二新卒だけを狙ってくる会社も増えてますし。

安田

私は中小企業に第二新卒・第三新卒をお薦めしてます。

久野

新卒よりもいいですか。

安田

意外と定着率が高いんです。2社目3社目の会社で長く続くという現象が起こってます。

久野

そうなんですね。

安田

新卒よりシビアな目で「続けられる仕事」を選んでますから。新卒を採用するなら半分は辞める前提で採らないと。

久野

しかも 5〜6年で回収できるビジネスじゃないと難しいです。

安田

10年いないと回収できないようなビジネスでは、もう新卒は採れないですよ。

久野

採っちゃいけないでしょうね。

安田

そういう会社は第二新卒、第三新卒を狙った方がいい。

久野

よく美容院が例に挙げられるんですけど。新卒から育ててもスタイリストになる頃に辞めちゃうんです。給料が高いところに移動していく。

安田

そういうイメージです。

久野

新卒で所属する美容院は「教育美容院」と言われていて。新卒を育ててくれるから業界的にはありがたい。だけどそこが割りを食ってしまう。

安田

業界からありがたがられても、やってられないでしょう。

久野

だけど、そういう機能を果たしてきた会社がなくなると、新卒を育てる仕組みがなくなってしまいます。

安田

自分でお金払って習いに行くとか。

久野

そうなっていくでしょうね。海外に近い形になっていくと思います。会社としても採算が取れないので。社会構造がかなり変わっていくと思いますよ。

安田

初任給が安いと新卒は来てくれないし。

久野

ある程度の報酬を支払わないと来てくれないです。そして教育体制も求められる。

安田

これからはむしろ成長がテーマですね。新卒もスキルアップして辞めていくことが前提なので。

久野

はい。単に楽なだけじゃダメですね。成長できる予感がないと。

安田

ビジョンについてはどう思いますか。これからの時代、果たしてビジョンで人を引っ張れるのか疑問なんですけど。

久野

社会課題解決型の大きなビジョンを掲げる必要があると思います。成長を実感できて、なおかつ「やりがい」みたいなものがないと。

安田

自分の仕事が「社会の役に立っている」という実感が大事ですよね。

久野

はい。上場とか売上目標みたいなのではもう引っ張っていけないです。

安田

「日本一を目指します」とか。そんなのはもうビジョンとは言わないと。

久野

言わないですね。社会貢献度の高いビジョンを掲げながら、自分も成長していけるビジネスにしないと。もう人が集まらない。事業が成り立たない。

安田

経営者に求められる能力もガラリと変わっていきそうですね。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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