記録と記憶の境目

プロ野球の歴史に圧倒的な記録を残す王貞治。
ファンの心に圧倒的な存在感を残す長嶋茂雄。
記録と記憶を比較するとき、
その象徴とも言えるのがこのふたりの偉人である。

数字だけを比べたら圧倒的に王貞治なのだが、
ミスタープロ野球とまで言われたのは長嶋茂雄である。
一体どちらが上なのか。
それは大きく意見が分かれるところであり、
答えが出せない部分でもある。

メジャーリーグでは大谷翔平がMVPを取った。
万票一致という結果であったらしいのだが、
これは記録によるものだろうか。
それとも記憶によるものだろうか。

ホームランではタイトルが取れなかった。
防御率や勝数もトップではない。
記録だけを見れば打者としても投手としても
1番ではなかったということだ。

しかし彼はMVPである。
1年間で最も活躍した選手。
それは投手としての記録と打者としての記録を
足した数字が優れているからなのか。

だとしたら大谷選手が活躍する限り
他の選手はMVPを取れないことになる。
打者と投手の合算数字をどちらか一方だけで
上回るのは至難の業だからである。

数字ではない。これまで誰も
成し遂げられなかったことをやったからだ。
だとしたらMVPをもたらしたのは、
観客や選手たちの心に刻まれた記憶である。

数字だけでは表しきれない感動。
それが万票一致という結果を導いたのだ。

投票で2位だったゲレーロ選手は
他の年なら間違いなくMVPだったと言われている。
彼から見たら大谷選手はルール違反に見えるだろう。
記録と記憶という比べようのない境目を、
比べざるを得ない年だったのである。

多くのプロ野球OBは投打どちらかに
専念することを勧めてきた。
そうしなければ記録には残らないからである。
記録に残らなければプロとしての評価は残らない。
これは正論である。

だが結果的に大谷選手はメジャーの歴史に名前を刻んだ。
そして野球という枠を越えるブランドを手に入れた。
野球人としての評価は分かれるところだが、
ビジネスとしてはすでに大成功しているのである。

野球人としてどちらが正しいのか、
それは私には分からない。
だが経営者はここから学ぶべきだろう。
記録というビジネスから
記憶というビジネスへのスイッチ。

それはルールを書き換えるという戦略。
価格、スピード、納期など、既存の数字を競い合うのか。
それともまったく違う価値を顧客の中に生み出すのか。
二刀流には経営のヒントが詰まっている。

 

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