非常識の連鎖

常識は時代とともに変化する。
そこに異を唱える人はいないだろう。
だがいつの時代においても、
その狭間で苦しむ人は多い。
自分が若い頃には考えられなかった。
見ているだけで不愉快。
相手に失礼だろう。
とにかく腹が立つ。

という具合に、最後には
自分の感情が抑えられなくなってくる。
とは言え、街行く人に文句を言うわけにもいかないし、
部下に注文をつけようものなら
パワハラだと言われてしまう。
結局は時代の変化を受け入れるしかないのである。

だがこれが難しい。
心がついていかない、頭がついていかない、
など理由は多々あるが、
一番の問題は正解がないことにある。
なぜなら「今現在の常識はこれだ」というものですら、
常識の境目に過ぎないからである。

例えば、スーツなのにスニーカーを履くビジネスマン。
スーツなのにリュックを背負って顧客先に行く営業マン。
ちょっと前なら眉をしかめられたはずだ。
だがこの辺りのゾーンは、
今ではOKの部類に入る人の方が多いだろう。
ジャケット&ノーネクタイなどは、もはや
オシャレなビジネスマンの定番といったところである。

ではスーツにスニーカー&リュック、
という出立ちは長続きするだろうか。
私にはそうは思えない。
なぜなら、とんでもなく中途半端な服装だからである。

スーツは着るけど、革靴はしんどい。
革っぽいスニーカーを履くから勘弁してほしい。
ビジネスカバンは持ちたくない。
手がふさがるし、パソコンを持ち運ぶには不便。
ダークな色にするのでリュックも認めてほしい。

スーツ&無難なスニーカー&リュック。
それは一見、とても理にかなった組合せに思える。
だがよく考えてみれば、
スーツを脱げばいいだけの話である。
いやいや、いくらなんでも。
それはマズイでしょ。
そういう声が聞こえてきそうだ。

だがそれは、ほんの少し前には、
スニーカーやリュックに対して、
その前にはノーネクタイやジャケットに対して、
言われていたセリフである。
結局どこまで行っても、常識にゴールはない。
あらゆる常識は、
非常識によって駆逐される運命なのだ。

何十年、何百年、何千年と、
移り変わってきた常識の歴史。
その少し後から非常識は追いかけてくる。
非常識は古い常識を駆逐し、新たな常識となる。
だがその頃には、また新たな非常識が現れる。
常識とは、単なる通過点に過ぎない。
非常識の連鎖こそが、この社会の本質なのである。

 


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