第11回「キャッシュの境目」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第11回「キャッシュの境目」

安田

給料もキャッシュレスになる、という噂を聞いたのですが。

久野

法律は整備されつつありますね。

安田

整備されると、どうなるんですか?

久野

デジタル通貨での給与支払いがオッケーになる。

安田

じゃあ、もう法律はできてる?

久野

できる予定で、もう動いてます。

安田

今までは、法定通貨で支払わないと駄目だった、ってことですよね?

久野

法律上は現金で支払うことになってます。

安田

じゃあ、ドルで払ってもいいんですか?

久野

円でもドルでもいい。お金であれば。

安田

ペソでもいいんですか?

久野

ペソでもいいですけど(笑)、労働契約書に書いておく必要があります。

安田

で、これからは、電子マネーで払えるようになると。

久野

そうです。外国人をかなり意識してますね。

安田

外国人は円をもらうより、電子マネーのほうがいいと。

久野

日本は口座開設のハードルが高いので。

安田

口座って、詐欺にも使われますからね。

久野

あと、印鑑作るのも面倒じゃないですか。

安田

印鑑ですか?

久野

たとえばベトナム人のグエンさんだったら、グエンという印鑑をわざわざつくって押さないと銀行口座がつくれない。

安田

確かに。外国人からしたら意味不明ですよね。

久野

はい。日本人でも若い子には意味不明だと思いますよ。

安田

電子マネーだと口座がいらないんですよね?

久野

Suicaを渡して「じゃ、この中に給料入れとくね」って。

安田

なるほど。Suicaのチャージだったら、銀行口座は関係ないですもんね。

久野

はい。Suica1枚あれば大抵の決済はできますから。

安田

じゃあ、外国人のための法整備だと。

久野

いえ、狙いはもうひとつあると思います。

安田

もうひとつ?

久野

日本人って預金が好きで、銀行に入れるとなかなか使わない傾向があるんですよ。

安田

なるほど。Suicaに50万ぐらいチャージされてたら、ポンと使うんじゃないかと。

久野

お金の感覚を軽くして「どんどん使わせたい」っていう狙いがあると思います。

安田

ちなみに、給料って基本月給ですけど、これって法律で決まってるんですか?

久野

法律で決まってます。月に1回は払わなきゃいけない。

安田

月1回?

久野

2回でもいいです。最低、月に1回以上払わきゃいけない。

安田

2カ月に1回は、法的に駄目ってことですか?

久野

そうです。

安田

年金は2カ月に1回ですけど。

久野

年金は給料じゃない(笑)

安田

確かに給料じゃないですけど。なぜ2ヶ月に1回なんでしょう?

久野

手数料の問題だと思います。意外と高いですからね。

安田

なるほど。じゃあ、電子マネーになったら手数料がかからないので、変わるかもしれませんね。

久野

あり得ると思いますね。じつは今、採用難で、週払いの企業が増えてきてるんですよ。

安田

週払いのほうが採用できるんですか?

久野

業種によりますけど、週払いのほうが採用できます。

安田

かなり、切羽詰った人が来そうですけどね。

久野

前払いサービスというのもありまして。

安田

前払いサービス?

久野

ちょっと手数料払って、先に給料をもらうサービスですね。

安田

前借りみたいな感じですか?

久野

そうなんですけど、前借りってちょっと言いづらいじゃないですか。

安田

いかにも困ってそうですもんね。

久野

だから、前借りを代行するクラウドがあるんですよ。

安田

へー!そんなのがあるんですか? 前借りクラウド?

久野

はい。会社と契約するんですよ。

安田

会社が契約するんですか?

久野

会社が前借りできるクラウドシステムと契約して、それを福利厚生の一環にするんです。

安田

前借り福利厚生?

久野

従業員がアプリで「前借させてくれ」ってボタン押すと、クラウドからお金が振り込まれる。

安田

会社にはリスクがない?

久野

はい。後から会社に請求が来る仕組みです。

安田

なるほど。手数料は前借りした個人が払うんですか?

久野

確か、選べたと思います。会社と従業員が払う手数料の割合を。

安田

それは、いいですね。

久野

はい。前借りで採用力があがるという、サービスですね。

安田

すごい。

久野

金融業法にひっかかるところがあるので、今ちょうど議論になってますけど。

安田

ちなみに、法律では現金で払わなくちゃいけないんですか?振込みじゃなくて。

久野

法律上は「通貨での支払い」となってますね。

安田

じゃあ、原則は手渡し?

久野

はい。でも、本人の同意がある場合には、銀行振込でいいよという条文。

安田

現金支給にこだわる社長って、昔いましたけど。今もいるんですか?

久野

います、います。

安田

見たことないんですけど、近くで。いるんですか?

久野

今は2パターンありまして。

安田

2パターン?

久野

まず、絶対に現金にこだわる人。もうひとつは、紙の給与明細にこだわる人。

安田

ウェブ明細ではダメだと?

久野

あんなものは愚の骨頂だそうです(笑)

安田

なぜそんなトコに、こだわるんですかね?

久野

要は、給与っていうのは「社長が力関係を見せつける場」みたいな感覚ですね。

安田

従業員を「ひれ伏させる」ってことですか?

久野

そうです。本来は、従業員一人一人呼んで「〇〇君ご苦労様」って言いながら、現金を渡していきたい。

安田

現金を渡して「ははー」みたいなことやりたいと。

久野

そうなんですけど、さすがにそういう時代じゃないっていうのは気付いてて。

安田

で、現金を渡す代わりに、紙の明細書を渡すと?

久野

本当に現金で渡してる人もいます。賞与だけ現金とか。めちゃくちゃ大変ですよ。

安田

もらったほうはカバンに入れておくんですか。

久野

入れて、そのまま飲みに行っちゃうんです。

安田

今時、そんな会社あるんですか?

久野

ウチはちょっと田舎なんで100社に3社ぐらいはあります。

安田

そんなにあるんですか!社員さんの要望もあるんですか?「現金でほしい」みたいな。

久野

誰も言ってないですね、そんなこと。

安田

じゃあ、社長の独りよがり。

久野

奥さんに「額面がバレないようにしたい」っていう社員もたまにいます(笑)

安田

そういう人じゃないと、現金でもらうメリットないですもんね。

久野

リスクしかないですね。

安田

でも、近い将来、必ずキャッシュレス化しますよね?

久野

これは時代の流れなので、必ずそうなると思います。

安田

ちなみに、いつ頃なんですか?合法化されるのって。

久野

デジタルマネーの解禁は2019年、つまり今年です。

安田

なんと!じゃあもう、現金なんかで支給してる場合じゃない!

久野

そうなんですけど。Suicaじゃ威厳が保てないので。


久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は地元である岐阜県多治見市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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