第50回「社員の顔色を伺う会社」

この記事について
税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第50回「社員の顔色を伺う会社」

安田

イオンの接客現場でマスクが大問題になってます。

久野

そうですね。接客時のマスク着用を原則禁止したことに対して、従業員の不満の声が上がってる。

安田

はい。「風邪の予防もさせてもらえないのか」って。

久野

ネットの反響も大きいです。

安田

久野さんの見解としてはどうなんですか?マスク禁止はやり過ぎですか?

久野

いやー。僕はマスクは絶対しちゃいけないと思うんですけど。

安田

接客業でマスクはないだろうと。

久野

事務職でも一緒ですね。

安田

風邪でもないのにマスクするなと。

久野

だって雇ってるほうとしたらどうですか。朝からみんなマスクして仕事してるって。

安田

ちょっと萎えますよね。

久野

「私はモチベーション低いんです」って言ってる気がする。

安田

まあ風邪だったらしょうがないですけど。

久野

予防とか言い出したらキリがないです。

安田

これって風邪の予防というよりは、コミュニケーションの断絶って気がします。

久野

「私に話しかけないでください」みたいな。

安田

「同じ空気吸いたくないんです」みたいな。

久野

でも接客でマスクはないですよ。さすがに。

安田

ちょっと前だったら「なんて非常式な」って感じでしたね。ちなみにネット世論はどっちの味方なんですか?

久野

やっぱり「イオンが悪い」みたいになってます。

安田

へえ。そうなんですか。じゃあ自分はマスクで接客されても平気ってことですよね。

久野

どうなんでしょう。ネット民は自分勝手だから。

安田

でも今パートさんも採用が難しいじゃないですか。

久野

ですね。

安田

「風邪予防もさせてくれない会社」みたいな噂が広がると、余計に採用できなくなります。

久野

会社としては非常に困りますよね。

安田

ちなみに法的にはどうなんですか。禁止できるんですか?マスクって。

久野

職種によるでしょうね。合理的な理由があればできると思います。

安田

どこまでが合理的なんですか?

久野

たとえば看護師さんがマスクをするのは合理的。

安田

それはむしろ「マスクしてくれ」って感じですよ(笑)

久野

そうですね(笑)たとえば売ってるものの値段とか。高級品を取り扱ってる店舗。

安田

なるほど。確かにシャネルやルイヴィトンでマスクした店員が出てきたら、ちょっと嫌です。

久野

やっぱり服装の基準があるわけなので。

安田

イメージが大切な仕事ですもんね。ちなみに制服を強制するのは法的に問題ないんですか?

久野

基本的には問題ないです。

安田

「女性はスカートじゃなきゃいけない」ってのが問題になり始めてますけど。

久野

今はそういうことまで配慮しなきゃいけない社会になりました。

安田

制服自体がノーになることもあるんですか?

久野

社会全体がそういう流れになってます。

安田

経営者は大変ですね。

久野

制服をやめるところも増えてきましたよ。銀行とか。

安田

じゃあマスクを禁止するのも難しくなる?

久野

そういう発想の人が多いですから。個人の自由でしょ、みたいな。

安田

でもマスクをする理由って2種類あるじゃないですか。自分が風邪ひいた場合と予防の場合と。

久野

予防って医学的にはほとんど効果ないみたいですけど。

安田

そうみたいですね。でも今回は予防のためのマスク着用でしたよね?

久野

今回はそうですね。イオンさんも風邪の場合はマスク着用を認めてるみたいですから。

安田

そりゃあそうですよ。周りに感染するし。そもそも風邪ひいてたら来るなって話じゃないですか。

久野

ですね。

安田

でも予防ってことになると全員が対象になる。つまりデパートの売り場が全部マスクの人になります。

久野

そうなりますね。

安田

そんなのっておかしくないですか。

久野

おかしいと思いますよ。「予防です」って言われた瞬間に全員OKになっちゃうから。

安田

なっちゃいますよね。予防ですって言われたら止めようがないし。かといってOKしたら全員マスクになっちゃいます。

久野

そうなると売り場のイメージが一変してしまいます。

安田

でも「感染したら責任取ってくれんのか」って言われちゃうと・・・

久野

やりすぎはいけないですけど一応服装規定みたいなものはあって。「どういう格好でこの商品を売ってもらうか」っていうのも労働契約の一部なので。

安田

それは合法だと。

久野

はい。ただ、あとから付けていくのは厳しいでしょうね。ある日突然「明日からマスクしたら駄目」とか。

安田

それは許されないんですか?

久野

社会的に難しいですよね。「それだったら就職しませんでした」ってことが、今の時代だったら起きる可能性がある。

安田

そんなのいちいち考えてたらキリがないですよ。顔パックは禁止ですよとか、水中眼鏡禁止ですよとか、全部規定しないといけなくなる。

久野

確かにそうですね。

安田

今後どうなるんでしょう。

久野

今は働いてる側のほうが圧倒的に強いですからね。

安田

何かあるとすぐに職場の名前まで書き込まれるし。へたに強く出るとブラックだって言われるし。今回イオンさんはどう対処してるんですか?

久野

静観ですね。

安田

たとえ正論でもネットで叩かれるし。

久野

これからはどんどん「社員に配慮しなくちゃいけない」ムードになると思います。

安田

マスク人口もどんどん増えていくと。

久野

今でも社員の半分以上がマスクしてる職場とかありますよ。風邪かもしれませんけど。

安田

いやそれは風邪じゃなくコミュニケーションの断絶ですよ。予防って言われちゃったら何も言えないですけど。

久野

ですね。

安田

だけど結局これって需給バランスの問題ですよね。法的には規制できるけど下手したら人が採れなくなってしまうので。

久野

「嫌な人は来なきゃいい」とは言えないですね。今の環境では。

安田

スタッフが足りなくなったらビジネスが成立しないですから。

久野

はい。働く側に寄せざるを得ないです。

安田

企業はどんどん弱くなっていきますね。



久野勝也
(くの まさや)
社会保険労務士法人とうかい 代表
人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。
事務所HP https://www.tokai-sr.jp/

 

安田佳生
(やすだ よしお)
1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

 

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