第96回「雇わない株式会社」

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第96回「雇わない株式会社


安田

雇わない株式会社。ついに設立してしまいましたね。

久野

はい。10月8日に設立が認められました。

安田

よく認められましたよね(笑)

久野

10月8日にもちゃんと意味があるんです。「やとう=810」の反対です(笑)

安田

この会社は私と久野さん、そして弁護士の向井さんが株主兼役員となっております。

久野

はい。一応わたしが代表です。

安田

私は前から雇わない経営を推進してますけど。久野さんと向井さんは立場的にけっこう微妙ですよね。

久野

士業って変なことすると、すぐ「資格剥奪」とか言われる業界なので。

安田

ですよね。久野さんなんて「人を雇って社会保険に入れる」ってことが、ビジネスのコアなのに。いいんでしょうか。代表までやって。

久野

安田さんにそそのかされました(笑)

安田

すみません(笑)

久野

まあそれは冗談で。すごい反響ですよ。

安田

私がそそのかしたとは言え、なんで久野さんが代表を引き受けたのか。そこのところをちょっと教えてほしいんですけど。

久野

やっぱり世の中大きく変わってきて、社労士事務所の経営もいろいろ考えなくちゃいけないんです。

安田

たとえばどんなことを?

久野

たとえばマーケティングなんて、昔は社労士事務所とは関係なかったんですよ。

安田

そうなんですか。

久野

はい。社労士に限らず士業の業界って、マーケティングを一生懸命やってるところなんてほとんどなかった。ホームページがなくてもOKって業界だったんです。

安田

どうやって仕事を取ってたんですか。

久野

殿様商売ですから、ほとんどが紹介ですね。とくに強みなんてなくても「資格を持ってればお客さんになってくれる」という時代が長くて。

安田

それで食えたってことですね。

久野

はい。でも今はそれでは成り立たなくなって。何らかのイノベーションが必要になってきました。

安田

なるほど。

久野

とはいえイノベーションを起こす人材を連れてくるのは難しい。なので外の力を借りるしかない。

安田

採用が難しいってことですか。

久野

業界にそういうタイプは少ないし、雇用するのも無理があります。教える人も管理する人もいませんから。

安田

人件費的にはどうですか?

久野

人件費的にも無理ですね。優秀な人を1社で丸抱えするほどの仕事がない。何社かでシェアするという発想じゃないと。

安田

なるほど。だから「雇わない経営」が必要になってくるってことですね。

久野

そういうことです。

安田

マイナスの影響はないですか?「雇わない経営?そんな社労士に仕事は頼めません」とか。

久野

全然そんなことないですね。今までも「雇わない経営」の勉強会とかやってましたから。みんな知ってます。

安田

じゃあクライアントの反応は悪くない?

久野

興味を持ってくれてる人が多いです。

安田

へえ。そうなんですね。

久野

じっさい相談も増えてます。

安田

「雇わない経営」の相談ですか?

久野

はい。「じつは前から考えてた」とかカミングアウトされたり。

安田

へえ〜。

久野

じつは社内に業務委託みたいな人がいて、「雇用と業務委託の境目がすごく気になってた」みたいな。

安田

雇用と業務委託の境目?

久野

業務委託って、けっこうリスクがあるんですよ。

安田

どういうリスクですか。

久野

業務委託と雇用は「指揮命令ができるかどうか」という違いがあって。たとえば業務委託といいながら、いつも社内にいるとか。

安田

それってダメなんですか?

久野

出社を強要したり、事細かく「あれやれ、これやれ」って言ってる時点で、かなり雇用性が強いです。

安田

「雇用されてました」と言われたら、反論できないと。

久野

そうです。そういう曖昧なところに「線を引いてあげる」というのが私の仕事ですね。

安田

なるほど。

久野

もちろん社会保険関係の仕事もやりますけど。社内のワークルールを一緒に整備していくのも仕事だと思ってます。

安田

クライアントさんもそこを期待してると。

久野

何らかの新しいことは期待していただいてると思います。「未来を見ながら労務を変革していく」というのがテーマなので。

安田

「雇わない経営」に移行するには、ビジネスモデルのつくり替えが必要ですよね。

久野

それは必須だと思います。単に契約形態を変えるだけでは成り立たない。

安田

私はそこに特化した仕事をやりたいと思ってまして。久野さんは「雇用と業務委託」の境界線をプロの観点からアドバイスするわけですよね。

久野

そうですね。しっかりと法律に基づいた契約形態を提案していきたい。

安田

雇わない経営をやるには、いろんなハードルがありますからね。

久野

そう思います。安田さんが新しいビジネスモデルを考え、「このスタイルだったら、業務委託の人も幸せになれるよね」という案に対して、私と向井さんが法律をクリアする制度に落とし込んでいく。そういうイメージです。

安田

うまく機能すると楽しそうですけど。

久野

既存の社員と業務委託の人とのすみ分けとか、そのための制度やルールもつくっていきたいです。

安田

「新ビジネスモデル+新社内制度+合法的な雇用契約」という感じでしょうか。

久野

他にもいろいろ出てくると思いますけど。最初のステップとしてはそこですね。

安田

雇わない経営に移行するには、どれぐらいの期間が必要だと思いますか?

久野

半年ぐらいで仕込んで、約1年かけて変えてくような感じでしょうね。

安田

ですよね。やっぱり1年はかかりますよね。

久野

はい。作るだけではなく組織になじませていかないといけないので。

安田

中小企業でも取り組めるようなコストで、ぜひ実現したいです。

久野

はい。私としてはこの概念をもっと広めていきたいです。



久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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