第163回 ついに来た。兵糧攻め

この記事について 税金や、助成金、労働法など。法律や規制は、いつの間にか変わっていきます。でもそれは社会的要請などではないのです。そこには明確な意図があります。誰が、どのような意図を持って、ルールを書き換えようとしているのか。意図を読み解けば、未来が見えてきます。

第163回「ついに来た。兵糧攻め」


安田

残業代がまた高くなるってことですか。

久野

今の残業代って1.25じゃないですか。

安田

1.25?

久野

時給1000円の人なら、8時間超えたら1250円になるんです。

安田

なるほど。

久野

そこに上限ができて、月60時間を超えると、そこからは1250円が1500円になるんです。

安田

1.5倍ってことですか。

久野

はい。1.5倍になる。大企業はもうそのルールでやってます。

安田

60時間ってことは、20日で割ると1日3時間ってことですか。

久野

そうですね。

安田

毎日3時間残業して仕事が終わらないって、あんまりない気がするんですけど。

久野

いくらでもありますよ。安田さん。

安田

そうなんですか。私は会社員時代からほとんど残業というものをしたことがなくて。

久野

それはかなり特殊なケースです(笑)

安田

残業する人って基本的に仕事が遅いじゃないですか。要領が悪かったり。

久野

いま残業してる人はその真逆ですね。

安田

真逆?

久野

だって、そういう人たちは残業させてもしょうがないので。

安田

確かに。経費の無駄ですね。

久野

残業代がキッチリ支払われるようになって、できる人がどんどん仕事を抱えてます。

安田

なるほど。できる人は早く帰れたのに、今はできない人の分も押し付けられると。

久野

残念ながら、そういうケースが多いです。

安田

コスパを考えたら、どうしてもそうなりますよね。

久野

会社からすれば、なるべくできる人にやらせたい。だから仕事ができる人にどんどん寄っていく。

安田

できる人って元々の基本給も高いはずで、残業代もかなり高くなりませんか。

久野

そうなんです。だから残業させてまでやらせるのかって問題が出てくる。

安田

月60時間以上残業してる人って中小企業には多いんですか。

久野

多いと思います。

安田

やはり仕事ができる人が残業してる?

久野

そういう傾向はありますね。とはいえ現場が人不足なので。中小企業って余計な人材を抱えられないじゃないですか。

安田

すぐ赤字になっちゃいますからね。

久野

中小企業は製造のコントロールがほとんどできないんです。コロナでいきなりなくなったり、いきなりどっと仕事が来たり。

安田

そんな感じですね。

久野

そうすると現場はもう残業せざるを得ない。

安田

でも60時間といったら、1日の労働時間は10時間を超えますよね。

久野

そういうことになります。

安田

労基署とかは大丈夫なんですか?

久野

36協定には上限がありまして。違反すると労基署にやられちゃうわけですけど、お金のペナルティはなかったんです。それが60時間を超えると出てくる。

安田

この先、中小企業はどうなっちゃうんでしょう。

久野

たぶん中小企業には1.5倍払ってまで受けたい仕事は、来ないはずなんです。

安田

そんなに儲かってないですもんね。

久野

だからさらに生産性を高めないといけない。

安田

残業代のかからない人がやるとか。「課長以上は年俸制」って会社がよくあるじゃないですか。

久野

駄目ですね。労働基準法には「管理監督者」の定義があるんです。課長だから管理監督者なわけじゃない。

安田

へえ〜。

久野

管理監督者は原則、休日とか時間外っていう概念がなくなる。だから働かせ放題という部分は確かにあるんです。

安田

だから会社は管理監督者にしたいわけですよね。

久野

そうなんですけど。ただ「労働基準法の管理監督者」と「中小企業の管理監督者」って全然違うんです。

安田

どう違うんですか。

久野

労働基準法上の管理監督者というのは、極めて経営に近い。人事権があるとか、経営権があるとか。何時に来てもいいよとか。

安田

普通の中小企業で言えば社長ぐらいですね。そんな待遇は。

久野

そうなんです。

安田

じゃあ出社時間が決まってるとか、現場の仕事をさせてるうちは駄目ですか。

久野

給与も500、600万円じゃ、とてもじゃないけど管理監督者とは言えない。

安田

プレイングマネージャーもダメ?

久野

プレイングマネージャーは法律上の管理監督者とは言えない。間違いなく残業精算させられると思います。

安田

もし払うとなったら莫大な金額になりそうですね。

久野

マクドナルド事件という有名な判例がありまして。マクドナルドの店長って、昔は管理監督者になってたんです。で残業させ放題だったんですけど、店長が訴えて。

安田

会社が負けたんでしたっけ。

久野

どう見ても管理監督者じゃないでしょって。最終的には和解したんですけど、「もうほぼ負け戦だったって」のが、世間一般の考えなので。

安田

マクドナルドの店長はダメでしょう。どうみても店員の延長ですよ。

久野

でもマクドナルドの店長って給与いいですからね。

安田

いくらぐらいなんですか。

久野

600万は超えてました。安田さんの感覚だと少なく感じるかもしれませんけど。中小企業の課長で600万超えてない人ってたくさんいますから。

安田

600万でも働かせ放題はダメだと。

久野

そういうことです。

安田

いつから適用されるんですか。60時間超えたら1.5倍。

久野

2023年の4月です。

安田

来年4月ですね。これはもう周知されてるんですか。

久野

4年前ぐらい前にもうオープンになってます。

安田

でも知らない経営者さんがたくさんいそう。

久野

そうなんですよ。いつも言ってるんですけど。やっぱり迫ってこないとみんな気付かないみたいで。

安田

できる人に残業させたら辞めちゃう可能性もあるし。お金より時間がほしい人はどんどん転職しちゃいそう。

久野

もともと働き方改革って、「時間を絞って生産性を高める」という改革なんです。ただお金のペナルティがなかっただけで。

安田

ついにそのペナルティーができちゃうと。

久野

いよいよ本格的にキツくなっていきます。

安田

つまり国による兵糧攻めですよね。言うこと聞かないと締め上げるぞっていう。

久野

はい。本気で生産性を高めないともう生き残っていけないです。

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久野勝也 (くの まさや) 社会保険労務士法人とうかい 代表 人事労務の専門家として、未来の組織を中小企業経営者と一緒に描き成長を支援している。拠点は愛知県名古屋市。 事務所HP https://www.tokai-sr.jp/  

安田佳生 (やすだ よしお) 1965年生まれ、大阪府出身。2011年に40億円の負債を抱えて株式会社ワイキューブを民事再生。自己破産。1年間の放浪生活の後、境目研究家を名乗り社会復帰。

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